2,3日前のことだが、朝ぼくがパソコンでニュースを見ていると、嫁ブーが「目の下が腫れてない?」と言って部屋に入ってきた。 見てみると、なるほど目の下が腫れている。 「おう、腫れとるのう。どうしたんか?」 「心当たりがないんよ」 「食うちゃ寝、食うちゃ寝しよるけ、そうなるんたい」 「いや、それは違うと思うけど…」 「大いにある」 「もう…。ねえ、どうしたらいいかねえ?」 「この間、おれが買った目薬があったやろ?あれ差してみ。けっこう効くぞ」 「ああ、あったねえ。それ差してみよう」 そう言って、嫁ブーは部屋を出て行った。 しかし、向かった先は、目薬を入れてある冷蔵庫ではなく、トイレだった。 相変わらず緊張感のない女である。
しばらくして、嫁ブーはトイレから出てきた。 そして、冷蔵庫の所に行き、目薬を取り出してきた。 「これやったよねえ?」 「二つあったやろ?」 「うん」 「抗菌と書いてある方」 「ああ、これでいいんやね」 そう言うと、嫁ブーは目薬を差しだした。 その姿を見て、ぼくはおかしくてたまらなかった。 目薬を差す時、どうして口を開けるのだろう。 これも牛乳を飲む時に腰に手を当てる動作と同じで、バランスをとるためだろうか? 口を開けていたほうが上を向きやすいのは確かだが、その姿を端で見ると滑稽なものである。
嫁ブーが目薬を差し終わった後に、ぼくは言った。 「いいか、目が治るまで、おれに触るなよ」 「え、何で?」 「うつるやないか。ただでさえ歯が悪いのに、これ以上悪いところが出来たら困るわい」 「うつらんっちゃ」 「そんなことわかるか。とにかく触るな」 ぼくがそう言うと、嫁ブーはわざとぼくのそばに寄ってきた。 「こっちに来るな。向こう行け」と言って、ぼくは嫁ブーを部屋から追い出した。
その後、会社に着いてから、左目に違和感を感じた。 何となくだるいのだ。 「やっぱり、うつったやないか」 このまま放っておいたら、眼医者行きである。 嫌々歯医者に行っているのに、この上眼医者になんかに行きたくはない。 そこでさっそく目薬である。 だが、その日は目薬を買うほどのお金を持っていなかった。 「そういえば…」 ロッカーに目薬を置いているのを思い出した。
ぼくはさっそくロッカーに行った。 「あった!」 前に目が悪くなった時に買ったもので、ちゃんと箱に入ったままであった。 その箱を見ると、まだ有効期限内である。 「これでいいや」 そう思って、その目薬を差すことにした。
休憩室に行き、手を洗ってから目薬のふたを開けた。 その時、朝の嫁ブーの姿を思い出した。 口を開けて目薬を差していると、笑われること必至である。 そこでぼくは、口を開かずに目薬を差すことにした。 しかし、口を閉じたままだと、上を向きにくい。 幸いそこに人はいなかったので、大きな口を開けて目薬を差すことにした。 ほどなく、目の違和感はなくなった。
夜、嫁ブーを迎えに行った。 嫁ブーが車に乗り込んだ時に、ぼくは言った。 「おかげで、えらい目にあったわい」 「え?」 「うつったんよ」 「目?」 「おう。でもすぐ治ったけど。で、おまえはどうなんか?」 「治ってない」 「おまえ、会社で目薬差したんか?」 「持って行くの忘れたんよ」 「アホか。後ろに座れ」 「何で?」 「またうつるやないか」 「大丈夫っちゃ」 「大丈夫やないけ、うつったんやろ」 「・・・」
家に帰ってから、嫁ブーはまた口を開けて目薬を差していた。 朝と同じく、間抜けな顔をしていた。 その日、ぼくは嫁ブーからなるべく遠ざかっていた。 寝る時も、普段より50センチばかり離れて寝た。 おかげで、何とかうつらなくてすんだ。 一方の嫁ブーは、口を開けた甲斐あって、翌朝は少し腫れが引いていたようで、その日の夜には完治していた。
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