ぼくが左遷に遭っている頃に、その噂は流れた。 ぼくはそのことを確認したかったのだが、外を回っていたために、なかなか内部の人間とコンタクトをとることが出来ず、その実情を知ることが出来ないでいた。
ある時のことだった。 ぼくが店の近くの喫茶店で昼食をとっていると、後ろの席から、「おう、しんた」という声が聞こえた。 誰だろうと思って振り返ってみると、そこには映像の課長がいた。 その課長は、その当時のぼくが心を許せる、唯一の上司だった。 「どうか、外販は大変か?」 「はい」 「まあ、今はきついかも知れんけど、もう少し我慢しろ。悪いようにはせんから」 後で知ったのだが、ぼくが店に戻れたのは、この課長の働きもあったということだった。
それはさておき、ぼくはその時、自分のことよりも、店長の噂の方に心が行っていた。 『そういえば、課長は、以前店長といっしょに仕事をしたことがあると言ってたなあ』 そこで、ぼくは課長にその噂の真相を聞くことにした。 「課長、ちょっと聞きたいことがあるんですが…」 「何か?」 「いや、店長のことなんですけど…」 そう言って、ぼくは課長に耳打ちした。
「えっ!?」 課長は、驚いた様子だった。 そして周りを見回しながら、「おい、それ誰から聞いたんか!?」と、声を潜めて言った。 「誰がって、噂ですよ。みんな知ってるらしいですよ」 「頼むけ、店長の前でそんなことを言わんでくれよ」 「気にしてるんですか?」 「おれは、以前そのことを店長の前でうっかり言ってしまい、片田舎に飛ばされた人間を何人も見てきた」 「そうなんですか。やっぱり気にしてるんですねえ」 「気になるよ。気にならんかったら、アデランスなんかつけんやろ?」 「ああ、そうですねえ」
ぼくは、ひとりほくそ笑んでいた。 そして、あることに思い至った。 『そうか。おれが店長から嫌われるのは、案外そういうことが絡んでるのかも知れん』 その頃、ぼくはまだ30歳前後だったが、すでにまとまった白髪群があったのだ。 それを見て、店長は生理的にぼくを嫌ったのかも知れない。 『若白髪はハゲない』と言われていることだし。
さて、この『左遷裏話』の初日に、辞めるための奥の手を持っていると書いたが、それはこのことである。 ぼくが辞めようと思えば、店長の前で、ひと言「ハゲ」と言ってやればよかったのだ。 彼は気持ちよく、ぼくを辞めさせてくれただろう。
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