| 2004年12月08日(水) |
歯医者の思い出(中) |
その歯医者は昔ながらの木造作りで、入口はこれも時代物の引戸であった。 ガラガラと音を立てて、ぼくは歯医者に入った。 受付嬢は、これも時代に見合わず、おばさんだった。 「おはようございます。初めてですか?」 「はい」 「どうされましたか?」 「親知らずが痛んで…」 「それは大変。ちょっとお待ち下さい」
しばらくすると、奥から「しんたさん、どうぞ」という声が聞こえた。 中にはいると、頑固そうな顔つきの先生がいた。 「はい、こちら」と、先生自ら、ぼくをそこに誘導した。 診療いすがかなり痛んでいる。 その前に展開する、薬品類やアルコールランプなどが、昔ながらの歯医者を演出する。 何よりも、歯医者独特のにおいがする。 このにおいを嗅いで、ぼくは心臓の高鳴りを覚えた。
「親知らずが痛むらしいねえ。ちょっと口を開けて」 ぼくは言われるままに口を開けた。 そのとたんだった。 「こりゃ酷い。抜かんと治らんよ」 「・・・、そうですか」 ぼくが躊躇しているように見えたのか、先生は、「今日抜くよ。いいね!」、と吐き捨てるように言った。 「いいね?」と言われても、それしか治らないのなら、それに従うしかない。
およそ1時間、ぼくは口を開けっぱなしで、先生のされるがままになっていた。 最後に「ゴキッ」という音がした。 先生は「抜けたよ」と言って、ぼくにその歯を見せ、「どうする、この歯。持って帰るかね」と聞いた。 そんなもの必要ないので、ぼくは「いりません」と答えた。
その後処置をして、先生はぼくに脱脂綿を噛ませた。 「今から2時間、その脱脂綿を噛んでいなさい。何があっても口を開いてはいかん。いいね。おしゃべりなどはもってのほかだ」、と先生はきつくぼくに言った。 ぼくが「わかりました」と言うと、先生は「ほーら開いた。それがいかんのだよ」と言った。
会社に戻ると、ぼくはすぐさまメモ用紙に、 『2時間口を開けるなと言うこと。裏で伝票整理をやります。電話がかかっても取り次がないでください』 と書き、みんなに見せて回り、そのまま裏に入って伝票整理を始めた。
歯医者から戻ってきてしばらくは、麻酔が効いていたため、痛みを感じなかった。 が、伝票整理をしている最中に麻酔が切れてきて、重く痛み出した。 歯医者で痛み止めをもらっていたのだが、これくらいの痛さで飲んでいては、本当にいたい時に効かなくなるだろうと思い、飲むのを控えていた。 そのせいで、その日は一日、歯の奥が疼いていた。
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