頑張る40代!plus

2004年11月24日(水) 左遷(5)

そういう折り、以前の常務から電話があった。
会いたいと言うのだ。
その常務とは、親会社の大手スーパーから出向していた人で、その時は親会社に戻って次長職をやっていた。
何の用事だろうと、待ち合わせ場所に行ってみると、そこには上司の他にもう一人、実直そうな顔をした男性がいた。
元常務がその人を紹介した。
「こちらは、うちの会社で人事を担当している者だ」
「はあ…」
「いや、風の噂で、しんたが大変な目に遭っていると聞いてなあ。本当のところはどういう状況なのかを知りたくて、ちょっと呼んだんだ」
「そうですか」
そこまで聞いて、だいたいのことがわかった。

「どうかね。今のまま続けて行けそうかね」
「え、何をですか?」
ぼくはわざととぼけて見せた。
「おまえが今の体制でやって行けるか、と聞いとるんだが」
元常務はぼくから「続けて行けそうにない」とか「辞めたい」という言葉を聞きたかったのだ。
だが、ぼくには意地があったので、そういうことは言わなかった。
のらりくらりとやっているうちに、元常務はしびれを切らして、ついに本音を吐いた。
「実は、うちの家電部門に空きが出来てなあ。本社から『誰か適任はおらんか』と言ってきたんよ。そんな時おまえの話を聞いてな。それで今日人事を連れてきたわけだ。どうかなあ。考えてくれんか」

悪い話ではない。
いや、その会社は大手も大手、その当時飛ぶ鳥を落とす勢いのあった大企業である。
しかし、ぼくはその誘惑には乗らなかった。
第一、今辞めてしまうと負けである。
そこでぼくは、元常務に「もうしばらく今のままで様子を見ていきたいんですが」と言った。
元常務はちょっと考えているようで、人事担当に人に何か耳打ちしていた。
そして、ぼくに「そうか。それなら無理にとは言わんが。でも、もし何かあったら、すぐに連絡してきてくれんか。それなりのポストを用意しておくから」
それだけ言うと、元常務は帰って行った。

時にくじけそうになることもあったぼくにとって、元常務の誘いは素直に嬉しかった。
しかし、ぼくはこの先どんなことになろうとも、その大手スーパーに行くつもりはなかった。
それには理由がある。
その会社に入るということは、当然転勤も覚悟しなければならなかった。
ぼくは学生時代から今に至るまで、生涯北九州在住と決めている人間である。
そのため、もし転勤になったりすると、その会社を辞めてしまうだろう。
そうなると、声をかけてくれた元常務の顔をつぶすことになる。
それだけはしたくなかったのだ。

理由はもう一つある。
それは、人に甘えるのがいやだったことだ。
それまで何のコネもなくやってきた。
もちろん、今の会社だってそうだ。
今の会社も人に頼めば、それなりの役職に就けたかもしれないが、ぼくはそれが嫌だったから、一般募集で、普通に試験を受けて入った。
面接でも、前の役職などは表に出さず、平社員からの道を選んだのだ。

しかし、今になって、あの時元常務の誘いを断ったのは、我ながらいい判断だったと思っている。
なぜかというと、それが正解だったからだ。
今その大手スーパーは、大変なことになっている。


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