久しくタマコのことを書いてないので、彼女がどうなったか、気になっている方もおられると思う。
実はもう、タマコはぼくの会社にはいない。 7月に就職が決まったので、辞めたのだ。 まあ、アルバイトだったから、ぼくのような男の下でずっとからかわれながらフリーターをやっていくよりも、ちゃんとした会社の正社員として働いたほうが本人のためである。
で、どこに就職したのかというと、これが地場の大手デパートなのだ。 最近は知らないが、ぼくが小さい頃は、そのデパートで働くことにあこがれを持っている女子が何人もいたものだ。 しかし、そういうところは競争率も高いから、そう易々と入ることは出来ない。 それをあのタマコは易々と入社したのだ。
「まんざら馬鹿でもないやん」と思われる方もいるだろう。 しかし、タマコがそのデパートに入社できたのは、試験よりも面接で好印象を得たからだった。 面接の時、試験官が、 「特に女性の多い会社ですから、人間関係の難しさもありますが、そういう場合、あなたはどうやって対処しますか?」とタマコに聞いた。 するとタマコは、 「わたし、家で犬を飼ってるんです。悩みがある時はその犬に打ち明けています」と答えたそうだ。 それが試験官に受けたらしく、晴れて入社と相成ったわけだ。
あれから2ヶ月半になる。 ぼくは毎月一度そのデパートに行くので、そのついでにタマコの制服姿を見に行くのだが、そのたびにタマコはいない。 その売場の人に聞いてみようかとも思ったが、ぼくはタマコのことをいつも「たま」とか「タマコ」とか呼んでいたので、すぐに名字が出てこなかった。 そのため、いつも聞けないでいた。
今日のこと、たまたまそのデパートにおつかい物を買いに行く用があった。 そのついでに、タマコのいる売場を訪れてみた。 いるいる。 例のごとく、タマコは口を開けて、売場の中を牛のようにノソノソと歩いていた。 ぼくはタマコに気づかれないように背後から近づいて、「こらっ!」と言った。 タマコはその声に動じることもなく、ゆっくりをぼくのほうを振り返った。
「あっ、お父さん」 「おれはおまえのお父さんやない」 「ちょうどいいところにきた。今日の予算は15万やけど、あと2万足りんけ、何か買って」 「今日は他の物を買いに来た。おまえんとこで買うもんなんかないわい」 「そう言わんで買って」 「そんな金はない」 「じゃあ、紳士服作って」 「いらん」 「お願いですから」 そう言うと、タマコはぼくに紳士服の紹介カードを手渡した。 「こんなのいらん。それよりも、ここはカードのノルマとかないんか?」 「あるけど」 「じゃあ、申込書をくれ。それなら入ってやるけ」 「それは上の階に行ってもらって下さい」 「普通、ノルマがあるなら持っとくべきやろ」 「うーん…」 タマコは情けない声を上げた。 「まあいい。今度来た時に用意しとけよ」 「それはそうと、まだ歓迎会やってもらってない」 「え?」 「辞める時、してくれると言ったやん」 「誰も歓迎会をしてやるとか言ってない」 「えー、約束したやん」 「約束してない。何でおれがおまえの歓迎会をしてやらないけんとか。歓迎会なら、ここの人にしてもらえ」 歓迎会と送別会の区別もつかないとは、相変わらずの大馬鹿者である。
そのあと、ぼくはその売場を離れ、他の売場に行った。 そこから、タマコの売場を見てみると、タマコはまた口を開けて売場の中をノソノソと歩いていた。 たまにお客さんが来ると、不器用に頭を下げていた。 ぼくはそれを見て、「ここに来る楽しみが出来たわい」と思っていた。
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