【先週のこと】 運転免許証を拾った。 警察に届けるのが筋なのだろうが、先に落とし主に電話をかけてみた。 幸い落とし主は、電話番号を電話帳に載せていたのですぐにわかった。 ところが不在だった。 ということは、交番に行かなければならない。 交番は手続きに手間取るので、あまり行きたくない。 そこで、交番に連絡をとり、免許証を取りに来てもらうことにした。 「はい、警察です」 「○○店ですが、運転免許証拾ったんですけど…」 「ああ、そうですか。では、最寄りの交番に届けておいてください」 「いや、それが出来ないから、こうやって電話しているんです」 「と言いますと?」 「職場を離れられないんです」 「ああ、なるほど。…はい、わかりました。では最寄りの交番に連絡して、すぐに行ってもらいますので」 「よろしくお願いします」 そう言って、ぼくは受話器を置いた。
しばらくして、警察官がやってきた。 そして通り一遍の質問があり、通り一遍の受け答えをしたあと、住所と名前と年齢を書き、謝礼放棄の欄にサインした。 謝礼などほしくはない。 また、落とした人に会うのも嫌だ。 とにかくぼくの知らない所で、ことが進んでほしいのだ。
すべて書き上げると、「では、先方に連絡して、ちゃんと渡しておきますから」と言って警察官は引き上げていった。 これですべてが終わりだ。 その晩には、そういうことがあったことすら忘れていた。
その翌日のこと。 その日ぼくは休みだった。 昼頃だったか、テレビを見ながらうつらうつらしていた時だった。 『プルルルル、プルルルル…』と電話の音が鳴った。 電話に出てみると、女性の声だった。 「あ、しろげしんたさんですか?」 「はい、そうですけど」 「昨日免許証を落としました、○○と言います」 「ああ、警察から電話があったんですね」 「ええ、さっそくもらいに行きました」 「それはよかったです」 「こんな世の中ですからねえ。ほんと、いい人に拾ってもらってよかった。で、何かお礼をしたいんですけど…」 「いや、そんなことしなくていいですよ」 「あ、そうだ。私、免許証を落とした店の隣にあるお菓子屋に勤めてるんです。今度あの店に行くようなことがあったら、うちの店にもお寄り下さい。その際『しろげです』と言ってもらったら、コーヒーをサービスさせてもらいますから」 「はあ。ではそうさせてもらいます」
もちろん行くつもりはない。 仮に行くことがあったとしても、「この間、免許証を拾ったしろげしんたです」などとは言わない。 目の前で人からお礼を言われるのは何とも恥ずかしいし、そういう それにそのお菓子屋さん、元々コーヒーはサービスなんだし。
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