とはいえ、それからのペースは速かった。 『ひざ車』の他に、『背負い投げ』『払い腰』『大外刈り』といった大技も一通り教えてもらった。 が、あくまでも型だけである。 先生は、当初一つの技の型を教えて、それを体得するまで他の技に移らない方針でいたようなのだが、ぼくがいつも他の方を向いているので、それを断念し、型全部を流したのだ。 もちろん、反復練習をしなかったので、「背負い投げはこういうもの」というのはわかったが、いざ実践になると使えない。 ぼくはその先高校3年まで柔道を続けたのだが、結局最後までそういう技を使えなかった。
いちおう型を流し、柔道の技がどういうものかを覚えた頃、ぼくは疑問に思ったことがあった。 それは、そういう技の中に『山嵐』が入ってなかったことだった。 そこでぼくは、先生に「何で型の中に山嵐が入ってないんですか?」と尋ねてみた。 すると先生は「昔の技だからだ」と言った。 これまた不思議である。 技に今とか昔とかがあるんだろうか。 「昔の技ということは、先生の時代の技ですか?」 「もっと昔の技だ」 「じゃあ、先生は知らないんですか?」 「知っとる」 「じゃあ、出来ますか?」 「出来る」 「それならぼくにかけて下さい」 「それは出来ん」 「どうしてですか?」 「危険だからだ」 なるほど、姿三四郎に山嵐をかけられた人は、受け身が取れないまま地面にたたきつけられ、立ち上げれないほどのダメージを受けている。 姿の恋人『乙女』の養父である村井師範は、それが元で寿命が縮まったくらいだ。
先生は「映画やテレビでやっている山嵐は本当の山嵐ではない」と言った。 「じゃあ、本当の山嵐はどうするんですか?」と訊くと、先生は不機嫌そうな顔をして黙り込んだ。 その後も何度か山嵐のことを訊いてみたことがあるだが、そのつど先生は不機嫌そうな顔をした。
ぼくはいったん興味を持つと、とことん追求する質だ。 「先生が教えてくれないのなら、自分で調べるわい」と、道場帰りに本屋に立ち寄った。 柔道の本を見てみようと思ったわけである。 本屋には柔道の本が何冊か置いてあった。 それら一つ一つを調べたのだが、山嵐のことはどの本にも書いてなかった。 「ちっ、ないのう」 と諦めかけた時だった。 「まさかこれには書いてないだろう」、と思いながら手に取った小学生向けの柔道の本に『山嵐』の文字を見つけた。 そこを読んでみると、 『山嵐=姿三四郎のモデルと言われる西郷四郎がもっとも得意とした技。危険な技なので現在は禁じ手となっている』 と書いてあった。 そこには山嵐を描いた図が載っていたが、テレビで見るものとはまったく違っていた。
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