道場に入門してから、2ヶ月近くたった。 あいかわらずぼくは、Kさん相手に『ひざ車』をやっていた。 そんな時、一人の男の人がやってきた。 歳はKさんと同じくらいだ。 ぼくは「この人は金曜日の人か?」と思ったが、違っていた。 新しく入門した人で、Kさんの友人らしい。 おそらくKさんも、ぼくの『ひざ車』に飽きたのだろう。 それで友人を呼んだのだ。
水曜チームは3人になった。 が、他の二人は経験者。 年が離れていて、しかも初心者であるぼくは継子扱いだった。 面白くない。 二人は試合形式で柔道をやっているのに、ぼくは柱を相手に『ひざ車』である。 いったい、いつになったら他の技を教えてくれるのだろう。 思いあまって、ぼくは先生に訴えた。 「先生、他の技も教えてください」 「『ひざ車』一つ満足に出来んのに、何が他の技だ」 そう言われると返す言葉がない。 仕方なく、柱相手に『ひざ車』の練習をやった。
その年の年末だった。 あいかわらず柱相手に『ひざ車』をやっているぼくを見て、先生が言った。 「おまえはいつまで『ひざ車』をやっとるんか?」 「え?だって、先生が他の技を教えてくれないじゃないですか」 「Kたちの練習を見て、自分で技を盗んでいかな」 「どうやって盗むんですか?」 「どういう動きの時に、どういう技をかけるとかをちゃんと見とかな」 「柱で練習している時にですか?」 「・・・。ちょっと待て」、そう言って先生はKさんを呼んだ。
「K、しんたに背負い投げを教えてやれ」 「背負いですか?大丈夫ですか?」 「しんたは小さいから、足技よりもそういう技の方がいい」 ということで、ぼくはKさんから背負い投げを教えてもらうことになった。
「しんた、いいか。こちらがこうして、相手がこう動いた時に相手に飛び込むんぞ」 Kさんは背負い投げのタイミングを教えてくれた。 が、そのタイミングが実に難しい。 しかも、この技は足腰が強靱でなければ出来ない。 その肝心の足腰が、ぼくは弱かった。 すぐに相手に潰されるのだ。 練習では相手が飛んでくれるけど、もしこれで試合になったら、到底出来ないだろう。 そう思ったぼくは、先生に言った。 「先生、ぼくには背負い投げは出来ません。他の技を教えてください」 「バカか、おまえは。背負い投げが出来んのに、他の技が出来るわけないやないか」
と言っているところにKさんが口を挟んだ。 「先生、しんたには背負い投げは合ってないですよ。足腰弱いし」 「そうか。それならどんな技ならいいか?」 「うーん…」 結局答えは出てこなかった。 「しかたない。最初に戻って、型を一通り教えることにするか」 ということで、ぼくはまた『ひざ車』から始めることになった。
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