道場は毎週水曜日に行っていた。 先生に「他の人は何曜日に来てるんですか?」と尋ねると、「金曜日だ」と言う。 「今度そちらに行ってもいいですか?」 「おまえはまだ初心者だから、水曜日だけでいい。金曜日は強い人ばかりだから、ついて行けんぞ」 「じゃあ、覗くだけでもいいです」 「その日は夜8時からだ」
2週目も同じく受け身ばかりだった。 コロコロと回ってばかりだから、練習が終わった後は フラフラしていた。 その状態でバスに乗って帰るものだから、気分が悪くなったものだった。
3週目、道場に行くと見慣れない人がいた。 20歳くらいの男性だった。 「おい、しんた」、先生が呼んだ。 「はい」 「これからこの人がおまえの指導をしてくれる」 その人はKさんといった。 有段者だった。 ぼくはてっきり、この人は金曜日の人だろうと思っていた。 後でわかったことだが、実はこの人は、ぼくより1日遅く入ってきた人だった。 つまりぼくのほうが先輩だったわけである。
先生は「今日から技を教えてやる」と言い、先生はKさんを着替えてこさせた。 さあ、いよいよ技の練習である。 実を言うとぼくは、「柔道、柔道」と騒いでいた割には、柔道のことを知らなかった。 技だって、巴投げと一本背負いと山嵐くらいしか聞いたことがなかった。
技と言えば、プロレスの技はよく知っていた。 後日、ぼくはある試合で『裏投げ』をしている人を見て、「あ、あの人、バックドロップしよる。かっこいい」と騒いでいた。 横に先生がいたのだが、苦虫を潰した顔をして「裏投げと言いなさい」とぼくをたしなめた。
さて、この道場では、技は学校のクラブ活動のように実践で教えるようなことはしなかった。 講道館の型で教えていくのだ。 最初に習った技、それは『ひざ車』だった。 『ひざ車』、何とかっこ悪い名前だろう。 どんな技かというと、名前どおり、人のひざにちょこっと足を当ててこかす、という地味な技だった。 これを3週間ほど習わされた。
その頃のこと、友人から「しんた、柔道習いよるらしいのう。どんな技が出来るんか」と言われたことがある。 『ひざ車』なんか言ったら、いい物笑いである。 そこでぼくは、「一本背負いやろ。巴投げやろ。それと山嵐」と見栄を張った。 友人はそれを聞いて「おお、すごいのう。じゃあ、おれに一本背負いかけてみて」と言った。 『ひざ車』しか知らないのである。 しかも満足に出来ないときている。 『困ったことになったわい』 と、素早く言い訳を考えた。 そして、「おれが一本背負いかけたら、おまえなんか軽く3メートルくらい吹っ飛ぶぞ。それでいいならかけてやる」と真顔で言った。 友人はそれを聞いて黙った。 ちなみに『ひざ車』はこけるだけである。
|