そして6年生の春がきた。 4月、ぼくは母といっしょに道場に行った。 「ごめんください」 「はい」 いつものように先生が出てきた。 これでぼくたちは、この道場に3度来たことになるから、当然ぼくたちのことを覚えているものと思っていたのだが、先生はまったく覚えてなかったようで、「何ですか?」と言った。 「柔道を習いたいんですけど」 「小学生かね」 「はい」 「何年生かね」 「6年生です」 「まだ早いなあ。柔道は危険だから、中学生になってから来なさい」と、先生は前と同じようなことを言った。 母もこれにはカチンときたようだった。 「去年も来たんですけど、その時先生は『6年になったら来なさい』と言いましたよ。それで今日来たんじゃないですか」 「えっ、去年も来た?」 「はい、来ました。去年だけじゃなく、5年前も来ましたよ」 「ああ、そうでしたか」 「先生はいつも『体が出来てから来い』と言いますね」 「いやお母さん、実を言うと、いま道場は休んでいるんですよ」 「えっ!?」 「いや、今度工事をするんで…」 「ああ、そうなんですか」 「秋には完成する予定ですから…」 「じゃあ、秋から来てもいいんですか?」 「そうして下さい」 「わかりました。じゃあ、秋に来ます」
9月になった。 もう一度確認のために、もう一度道場に行った。 もう先生は逃げるわけにはいかない。 渋々「11月から始めるから」と言った。 ぼくが柔道を志してから、6年目にしてついに入門を許されたのである。 しかし、テレビのニュースなどで、時々小学生柔道大会を取り上げているが、この人たちは体が出来ていたのだろうか? 中にはどう見ても1年生の子もいるようだが。 それがその当時の疑問だった。
そして11月になった。 道場から連絡があり、5日から来てくれということだった。 その日、学校を終えたぼくは、真新しい柔道着を持ってバスに乗り込み、道場に向かった。 「これで念願の山嵐を覚えられる」 バスの中でぼくは、そのことばかり思っていた。
道場はバス停のすぐそばにあった。 路地を抜けると、そこに道場があった。 「こんにちはー」 「おお、来たか」 道場にはあいかわらず先生と事務員さんしかいない。 そこでぼくは聞いてみた。 「先生、他の人はいないんですか?」 「今日は休みだ」 「えっ!?」 「いや、おまえはまだ入門者だから、みんなが休みの時に来てもらって、基本を覚えてもらう。他の人との練習は基本を身につけてからだ」 そう言って、ぼくに受け身の練習をさせた。 その日は1時間ほどで終わったが、ずっと受け身だけだった。 山嵐まではまだ時間がかかりそうだった。
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