仕事が終わってから、いつものように実家に行った。 「ただいま」 「あんた何かやったんね?」 母が真顔で言った。 「えっ?」 「さっき、警察から電話があったよ」 「警察?」 「うん。『出頭してくれ』ということやった」 「おれが何したんかねえ?」 「知らんよ。自分の胸によく聞いてみなさい」
不思議なものである。 警察と聞くと、なぜか反射的に「何か悪いことをしたかなあ?」と思ってしまう。 こういう時、なぜ「何か表彰されるようなことをしたかなあ?」と思わないのだろう。 ということで、最近あった「何か悪いこと」を思い起こしてみた。 監視カメラのあるところで、車を飛ばしたのか? そんな覚えはない。 酒気帯び運転か? それも記憶がない。 というより、日記に書いているとおり、飲みごとのある時は、車に乗っていかない。 一度ノンアルコールビールを飲んで運転したことはあるが、それなら今頃言ってくるはずはない。 運転中に携帯電話をかけていたのを見られたのか? あまりそんなことはしないしなあ。 「他には…」 いくら考えても、何も出てこない。 最近あった警察がらみの『事件』と言えば、拾った免許証を交番に届けたことくらいしかない。
「何も覚えがないよ」 「何もないのに、警察が電話してくるはずはないやろ」 「ちょっと電話して訊いてみる。何課からかかったんかねえ」 「交通課」 やはり交通課だったか。 ぼくは若干ビビりながら、電話番号を押した。
「もしもし、交通課お願いします」 「はい、交通課ですが」 「しろげしんたといいます。先ほど、電話もらったらしいんですが…」 「ああ、しろげさんですか」 「何かしましたかねえ?」 「えっ?いや、車庫証明の件なんですけど」 「車庫証明?」 「ええ、今の車、車庫証明の変更してないでしょ?」 「車庫証明の変更…?」 「今の車、Oさんのところで申請したでしょ?」 「Oさん…。ああ、そうです」 「今そこは使ってないでしょ?」 「ええ、今の家に移った時に解約しました」 「先日、しろげさんが駐めていた場所で、車庫証明の申請があったんですよ。それで調べてみると、しろげさんが変更してないことがわかって…」 「ああ、そうだったんですか。で、どうしたらいいんですか?」 「署に来て変更して下さい。おそらく車検証も住所変更してないはずですから、それも変更してもらわなければなりません」 「いつまで行ったらいいですか?」 「先方が待ってますから、なるべく早くお願いしたいんですが」 「何か持って行くものありますか?」 「印鑑と車検証のコピーを持ってきてください」 「わかりました」
電話が終わり、「大したことやないやん」と振り返って母を見ると、母は腹を抱えて笑いだした。 すべて知っていたのだ。 あいかわらず意地の悪いばあさんである。 ま、この子にしてこの親ありということか。 一本取られたわい。
|