昨日の夜のこと、オリンピックを見ていた嫁さんがギャーギャー騒ぎ出した。 「どうしたんか」と訊くと、「ゴキブリ」と言う。 見てみると、そこに薄汚れた大きなゴキブリがヨタヨタ歩いていた。 ここに越してきて7年になるが、ゴキブリを見るのは昨日が初めてだった。
嫁さんは新聞紙を手に持っていた。 それで叩くのだろうと思って見ていると、嫁さんはゴキブリの上に新聞紙をかぶせ、上から手で何度か押さえている。 「おまえ何しよるんか。そんな悠長なことしよったら逃げられるやろうが」 「いや、手応えあったよ」 と新聞紙をとってみせた。 「あっ…?」 「おらんやないか」 「ちゃんと叩いたはずなのに」 「逃げられたんたい。ゴキブリは新聞紙丸めてバシッと叩かな」
そのゴキブリは、夕方の大雨でどこかから紛れ込んで来たのだと思う。 そのため今はおそらく一匹しかいないだろう。 が、このまま放っておくと居着いてしまい、数が増えていく。 そこで、ゴキブリが逃げそうなところ数ヶ所に殺虫剤を撒いておいた。
翌朝、つまり今朝、ぼくがネットでニュースを見ている時だった。 突然嫁さんが「しんちゃん、おった」と叫んだ。 ぼくは、その時ゴキブリのことを忘れていた。 『バカが何を騒ぎよるんか』と思いながらそこに行ってみた。 「何がおったんか?」 「昨日のゴキブリよ」 「ああ、そうやったのう。で、どこにおるんか?」 「そこそこ」 と、嫁さんはリビングのドア付近を指さした。 見てみると、そこに昨日の薄汚れた大きなゴキブリがいた。
ぼくは嫁さんにゴキブリを見張らせておき、叩く物を探した。 ところが、あいにくそこにはチラシ数枚しかなかった。 仕方なくそのチラシを丸め、ゴキブリに一撃を喰らわした。 が、チラシ数枚では、ゴキブリをびっくりさせるくらいの効果しかない。 ゴキブリは懸命に逃げようとする。 が、すでにコーナーに追いつめているため逃げ場がない。 そこで2発目を喰らわせた。 ゴキブリは仰向けに倒れた。 ぼくはすかさず、手に持ったチラシの上にゴキブリを乗せ、そのままトイレに持って行った。 便器の中にゴキブリを放り込み、水を流した。 ゴキブリは水の中でもがきながら、吸い込まれていった。 「南無阿弥陀仏」 これで終わりである。 今後、天変地異でもない限り、ゴキブリはしろげしんた家には現れないだろう。
会社に行く準備をしながら、『ちっ、朝から殺生してしまったわい』と思っていた。 『殺生』、あまりいい気持ちはしない。 そこで、『あれはあれで、ゴキブリの持つ運命だったのだろう』と思うことにした。
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