会社に行ってからのこと。 荷出しをしている時だった。 「ちょっといい?」 という声がかかった。 お客さんだった。 「どうしたんですか?」 「いやね、今15センチくらいのムカデを見たんよ」 「どこで?」 「そこで」 と、お客さんは隣の売場を指さした。 ぼくはそこまで見に行った。 「このへんにいたんですか?」 「ああ、その隅からヒョコッと出てきた」 「そうですか」 「どうしてこんなところにムカデがおるんかなあ?」 「ムカデだけじゃないですよ。蛇もいるしイタチもいる。山ネズミさえ出てくるんですから」 「山ネズミ?ここは山じゃないじゃないか」 「いや、ここは山を切り開いた土地なんです。だから、いまだそういう生き物が住んでいるんですよ」 「そうか。まあ、どうでもいいけど、そういうのはちゃんと駆除してくれんと困る。早急にやってくれ」 『早急に』と言われても、相手が姿を見せないことには、こちらも手の打ちようがない。 が、とりあえず「わかりました」と言っておいた。
それから30分ほどたった時だった。 うちのパートさんが「しんたさーん」と呼んだ。 「どうした?」 「今ですねえ、ムカデがいたんです」 「どこに?」 「このカウンターの下です」 「えっ!?」 「もうすぐ出てきますよ」 「何か叩く物はないんか?」 ゴキブリの時と同じで、とっさの時に何も見あたらない。 仕方なく、カタログを置いてあるところに行き、そこにあったカタログを手にとった。 その時、「出てきましたよー」という声がしたので、慌ててカウンターに戻った。
体長15センチほどのムカデがそこにいた。 おそらく、先ほどお客さんが言っていたムカデだろう。 ぼくは手に持っているカタログを丸め、2,3発叩いた。 カタログは、ゴキブリを叩いた時のチラシよりは厚みがあった。 が、ムカデは堅いので、2,3発では死なない。 身をよじらせてもだえている。 そこでもう一撃を喰らわせた。 動きが止まった。 そこで、ぼくはそこにあったチリトリにムカデをすくい入れ、朝のゴキブリ同様トイレに行き、便器の中にムカデを放り込み、水を流した。 息を吹き返したムカデは、水の中でもがきながら、便器の中に吸い込まれていった。 「南無阿弥陀仏」 これで終わりである。
『ちっ、また殺生してしまったわい』 朝、殺生はこれで終わると思っていた。 が、続く時は続くものである。
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