昨日のこと。 食堂でタバコを吸っている時、店内放送で呼び出しがかかった。 そこに行ってみると、パートさんが困った顔をしている。 「どうした?」 「朝、時計を買ったお客さんがいるんだけど、その人が返品しに来たんです」 「で?」 「ベルトを調整しているし、返品はちょっと…」 「新しいベルトに交換することは出来んと?」 「うーん、それは出来ると思うんだけど、そのお客さん、今日が初めてじゃないんです」 「え?」 「返品常習犯なんです」
とりあえず、売場に行ってみると、そこにアロハシャツを着た遊び人風の男が立っていた。 こういう男は苦手である。 恐る恐る「はい、どういうことでしょうか?」と声を掛けてみた。 「どうもこうもない。この時計が気に入らんけ、金返せと言いよるんたい」 「気に入らんって、これお客さんが選んだんでしょ?」 「おれが言いよるんじゃない。女が『気に入らん』と言いよるんよ」
どうやらこの男、女性にこの時計をプレゼントしたらしい。 ぼくは、『あんたからもらう物は全部気に入らんのやないね?』と思っていたが、もちろんこういうことは口には出せない。 「そう言われましても、一度購入されたわけですし、ベルトのほうも調整してますから…」 「ベルトはまた元に戻せばいいやないか」 「そういう問題じゃないでしょ?」 ぼくがそう言うと、男は 「おまえは何が言いたんか!?」 と大声で言った。 周囲の目がこちらに注がれる。 ぼくは、自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
『いかん!』 こういう時は、かなり頭に血が上っている証拠だ。 このままだと、ぼくは何を言い出すかわからない。 昔、頭に血が上って、やくざに文句を言い、大騒ぎになったことがある。 ここは冷静にならなければならない。 と思いつつも、 「返品を受け取りたくない、と言ってるんですよ!」 と言ってしまった。 男は一瞬黙った。 が、すぐに口を開き、 「おまえは何を言いよるんか!?」 と声を荒げて言った。 「お客さんが『何が言いたいんか』と言うから、言いたいことを言ったまでです」
再び男は黙った。 そしてまた口を開いた。 「もうそういうことはどうでもいいけ、早く金返せ」 「出来んと言ってるでしょうが」 「その分払ってもいいけ、早く金を返してくれ」 「その分?」 「おう、ベルト分よ」 「そうですか。じゃあ、2割頂きます」 「2割だぁ!?」 「はい、2割です」 「1割に出来んとか」 「駆け引きせんで下さい」 「何ぃ?」 「もし、自分が3割と言ったら、お客さんは『2割にしろ』と言うでしょ?それを見越して2割なんです」 「もういい」 「じゃあ、2割頂きます」
ぼくはレジの子を呼んで、2割引いた額を返すように言った。 お金を持って行くと、男は、 「まったく女の子の好みはわからん」 と言って苦笑いしていた。 ぼくはニヤッと笑って、 「今度はちゃんと、その女の人を連れてきて選んでもらって下さい」 と言った。 もちろん『その女性は、あんたのプレゼントを受け取らんと思うけど』と思いながら。
男は最後に「すいませんでした」と言って帰って行った。 ぼくは「ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」と基本どおりに言いながらも、『もう二度と来るな!』と思っていた。
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