ぼくが前の会社を辞める時も、同じようなことがあった。 その時は店長とやり合った。 「お前、よくもマイナスを出してくれたのう。お前は辞めるからいいようなものの、後に残った人間はお前のおかげで迷惑するんぞ。わかっとるんか!? もう一度やり直ししろ!」
その何日か前に、ぼくは辞表を提出したのだが、そのために感情的になっていた店長は、大声でぼくを責め立てた。 それまでぼくは、その店長に対しては、噛みついたことがなかった。 食いついても価値のない男だと、本能的に感じていたからである。 そのため、辞めるまで何も言おうとは思ってなかった。 しかし、棚卸しに対して、こだわりを持っている人間に、こういう言い方はない。
とうとうぼくは口を開いた。 「やり直しなんかしません!何回やっても同じです!」と言いながら、ぼくは一歩前に出た。 「どういう意味か!?」と言いながら、店長は一歩後ろに下がった。 「本社のシステムのせいで出るマイナスを、どうして棚卸しをやり直したことで修正出来るんですか!?」 「それは…」 「それはもこれはもないでしょう。こちらはそれだけ調べてから、棚卸しに向かっているんです。何も知らないくせに、本社への体面だけで、安易に再棚卸しなどということは言わないで下さいっ!」 店長は一瞬言葉に窮した。 しかし、他の社員への体面上、口を開いた。 「お、おう。それだけ言うなら、ちゃんとレポートを持ってこい。いいか、持ってくるまで辞めさせんぞ!」
(じゃあ、レポートを作ってやろうじゃないか)と、ぼくはすぐに事務所に資料を取りに行った。 そこには店長がいた。 彼はぼくを見ると近づいてきて、小声でこう言った。 「なあ、しんた君。頼むから棚卸しやり直してくれんか」と。 それを聞いて、ぼくは情けなくなった。 「だから、さっきから言っているでしょう。何回やっても同じだって」 「いや、そうしないと、他の部門に示しがつかんから…」 普段の虚勢を張った言動とは、打ってかわった弱気な発言だった。 (所詮これだけの人間なんだろう) そう思ってぼくは、「じゃあ、やりますけど、マイナスの金額は変わりませんよ」と言った。 「ああ、わかった…」 それから一週間後に、再棚卸しをやった。 が、結果は同じだった。
さて、その時に作ったレポートを、ぼくは辞める日まで店長に提出しなかった。 彼はぼくの顔を見るたびに、「おい、まだか!」と声を荒げて言った。 しかし、ぼくは心の中で「馬鹿が」と思いながらも、もう噛みつくことはなかった。 提出しないことで、反抗したわけである。 ようやく提出したのは、最後の日の退社5分前だった。
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