翌日、学校が終わってから、ぼくは歯医者に行った。 「昨日は、神経をとったばかりで、他の神経に響いたのかもしれん。今日はもう落ち着いているから、痛くないよ」と先生は、ニヤッと笑って言った。 ぼくはその言葉を信じて、口を開けた。 前日と同じ針が、ぼくの口の中に侵入する。 前日の記憶が蘇る。 「痛い!」 「痛いかね!?」 「やっぱり痛いです」 「そんなはずはない!」 「そんなはずあります。もうやめて下さい」 ぼくはそれ以来、その歯医者に行くのをやめた。 そして、歯医者自体に行くことが嫌になった。
さて、デス君は高校卒業後、歯科大に進学し、その後父親の後を継いだと聞いていた。 久しぶりに高校の近くを通った時、まだその位置に歯医者の看板がかかっていた。 が、何となく活気がなく見えた。 ふと、その真向かいに目をやると、以前はなかった新しいビルが建っていた。 よく見ると、そこに歯医者の看板がかかっている。 名前を見ると、おお、デス君の病院じゃないか。 ちょうど、虫歯で悩んでいたところだったので、「これは一度挨拶に行かんとならん」とは思ったのだが、どうも過去の記憶が蘇ってしまう。 しかも、同級生に口の中をいじられるのも、あまりいい気分がするものではない。 ということで、挨拶に行くことはやめた。
それからしばらくして、ぼくは街中でデス君に会った。 「デス君やろ?」とぼくが言うと、デス君はニヤッと笑って「お久しぶり」と言った。 ニヤッと笑うところは、まさに父親譲りである。 彼は鼻の下に、秋篠宮様のような髭を生やしていた。 畏れ多いことである。 思わず「無礼者、似合ってないぞ!」と言いかけたが、そこまで親しくないので、言うのをやめた。
今回、オナカ君にそこを紹介したのには理由がある。 もちろん、そこ以外の歯医者を知らないということもある。 が、一番大きな理由は、デス君の腕を知りたかったからである。 それをオナカ君に確かめてもらいたかったのだ。 オナカ君には悪いが、彼に実験台になってもらったわけだ。 もし腕が良ければ、オナカ君といっしょに、デス歯科医院通いを考えてもいい。
最初の電話がかかってから1時間後、治療が終わったオナカ君から電話が入った。 「終わったぞ」 「どうやった?」 「麻酔かけてから治療したけ、痛くはなかった」 「針とか使ったんか?」 「いや、レーザー使った」 「レーザー? 設備が売りなんかのう。で、デス君の腕はどうなんか?」 「わからん」 「そうか、わからんか…」 こうなったら、オナカ君の治療が終わるまで待つしかない。 まあ、ここまで何十年も虫歯を放っておいたわけだから、1,2ヶ月ずれても、治療の内容が変わることはないだろう。 オナカ君の顔が変形してないのを確認してから、デス歯科医院通いを考えることにしよう。
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