先日、友人のオナカ君から電話があった。 「おい、この辺でいい歯医者知らんか?」 「この辺ちゃ、どこか?」 「H町」 「H町なんか知るか。お前の中学の校区やけ、お前のほうが詳しかろうもん」 「いや、この辺は知らん」 「おれ、そこは知らんけど、G町なら知っとうぞ」 「G町か。ちょっと遠いのう」 「車ならそうでもないやろ」 「で、どこなんか?」 「デス君とこ」 「ああ、デス君とこか」
デス君とは、高校の同級生である。 ぼくは、彼とはいっしょのクラスになったこともなく、それほど親しくはなかった。 だが、その存在だけは知っていた。 彼の存在を知った時には、すでに誰もが「デス」と呼んでいた。 なぜそう呼ばれるのかは知らない。 また、知りたいとも思わなかった。 デス君の話が出たついでに、オナカ君に「何で、デス君なんか?」と聞いてみた。 が、オナカ君も「知らん」ということだった。
デス君の父親は歯科医だった。 学校の近くで開業していた。 ぼくは、たった一度だけ、そこに治療に行ったことがある。 その時、奥歯の治療をした。 通い出して何日か目に神経を取った。 「はい、神経を取ったので、もう痛みはないと思います」 そう言いながら、デス君の父親は、2センチくらいの針をぼくの目の前にちらつかせた。 何をするのかと思っていると、それを神経を取ったばかりの歯の中に突っ込んだのだ。 「い、痛ーいっ!」 ぼくは大声で叫んだ。 デス父は、唖然とした顔をして、「え、痛いかね?」と言った。 「痛いです」 「そんな馬鹿な。神経とったのに、痛いわけないでしょう」 「そう言われても、痛いんです」 「おかしいなあ。残りがあるのかなあ。もういっぺんレントゲン撮ってみよう」 そう言って、デス父はレントゲンの準備をした。
レントゲンを撮った後、先生はぼくにそのフィルムを見せながら、「ほら、もう神経は残ってないでしょう。痛くないんだから」と言った。 そして再び、先生はぼくの歯の中に2センチの針を突っ込んだ。 「痛いっ」 「痛いわけないでしょう」 「痛いんです」 「しょうがないなあ。じゃあ、明日やることにしよう」 そう言って、その日の治療はやめた。
|