15分間、ぼくは何もすることなく、イスに腰掛けていた。 交番内には灰皿を置いてないので、タバコを吸うわけにもいかない。 机の上に夕刊が置いてあったが、それを見る気もしない。 何気なく壁を見ていると、そこに『この人を捜しています』と書いたポスターがあった。 幸せ薄そうな、貧相な女性の写真がそこに載っていた。 その女性たちは、みな指でピースサインをしているのだが、それがまた哀れを誘った。 ぼくはそのポスターを見ながら、なぜか辛くなり、目を机の上に落とした。
そうこうするうちに、警察官がやってきた。 「お待たせいたしました」 顔を見ると、まだニキビが残る若い警察官だった。 彼はおもむろに書類を取り出し、一人でブツブツと言いながら書類を書き始めた。 「あのう、ご住所はどちらですか?」 「ぼくのですか?」 「はい」 「会社の住所じゃだめなんですか?」 「え?」 「ぼくが拾ったわけじゃないんだし、謝礼なんかいりませんから…」 「ちょっとお待ち下さい」
彼は本署に電話をかけた。 「あのう、こういう場合、どうすればいいんですか?」と、ぼくが言った旨を伝えた。 「はい、‥‥、はい、‥‥、はい、‥‥、ああ、書かなくていいんですね。はい、わかりました」 受話器を置いてから、彼は「ここは書かなくていいそうです」と言い、書類を書き進めていった。 「…それにしても面倒ですねえ。前に免許証を届けた時は、もっと簡単に終わったんですけど」 「ああ、携帯電話の場合は財産性があるので、現金などと同じ扱いになるんですよ」 そう言いながら、彼の手はまた止まった。 そして、また一人でブツブツと言いだした。 そして、また本署に電話をかけた。 「はい、‥‥、はい、‥‥、はい、‥‥。はい、わかりました」
しばらくしてから、彼のブツブツは終わった。 ようやく、すべてを書き終えたようだった。 「お待たせしてすいませんでした。書き終わりましたので。…あ、参考までに住所と電話番号教えてもらえませんか?」 「ぼくのですか?」 「はい」 ここで拒むと、また時間が長引くので、ぼくは素直に住所と電話番号を教えた。 「確実に相手に届けますから」 そう言って、彼はぼくに書いたばかりの書類のコピーを渡した。 「はい、お願いします」 書類を書くのに、およそ20分かかっているから、ぼくは30分以上も交番にいたことになる。
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