さて、そんなことを何週間やったろうか。 これをやり始めたのが、10月の下旬だった。 気がつくと、息が白くなっている。 指もかじかんで、満足に動かない。 ご存知の通り、ぼくは寒いのがまったくだめなので、寒さに気落ちしてしまった。 合わせて、飽きもでてきた。 そんなある日のこと。 いつものように練習をやっていると、突然雨が降り出してきた。 しかも、それと呼応するように、弦が切れてしまったのだ。 これが限界だった。 「下宿代ちゃんと払いよるのに、何でこんな馬鹿なことせないけんとか。ああ、もうやめた!」 ぼくは、ギターが濡れないように、上着で包み、ダッシュで下宿に戻った。 そして、下宿で再びジャンジャン、ガンガンやり始めた。 その後は、誰も文句を言って来る人はいなかった。
東京でそういう思いをしてきたので、こちらに帰ってきた時は嬉しかった。 もう、誰にも邪魔されることはない。 誰気兼ねなく、好きなことをやれるというのが、どんなに素晴らしいことかというのを、ぼくは身をもって知ったのだった。
その後、また障害が出てきた。 それは仕事である。 就職してしばらくしてから、帰りが極端に遅くなったのだ。 最初のうちは、週に何度か遅くなる程度だったが、そのうち遅いのが当たり前、という状況になってしまった。 そのため、練習する時間が取れなくなった。 いや、やることは出来たのだが、夜中にジャカジャカ、ガンガンやると、近所迷惑である。 東京にいた時も、さんざん周りに迷惑をかけたぼくだったが、さすがに夜中にはギターを弾かなかったくらいだから、そのへんはわきまえていたわけだ。
とはいえ、まったくやらなかったわけではない。 休みを利用して、練習することはあった。 が、毎日遅いため、練習よりもとにかく睡眠という状態で、一日中寝ていることもしょっちゅうだった。
また、楽器を扱う仕事だったので、ギターを弾くくらいは出来た。 だが、職場で歌をうたうわけにはいかない。 そのうち、だんだんギターとの距離が出来てしまった。 カチカチになっていた左の指も、いつしか軟らかくになり、握力も衰えていった。 たまにギターを弾いても、昔みたいに長時間続かない。 そのうち、興味が薄れていき、読書三昧の時代を迎える。 そして、読書三昧が終わり、興味はホームページへと移っていった。
ところが、ホームページをやっていく過程で、また弾き語りに興味が移っていった。 そう、「歌のおにいさん」などというコーナーを作ったからである。 昨年の夏頃から、ぼちぼちやり始めた。 とはいうものの、腕のほうは全盛期のそれではない。 全盛期に近づけるためには、また過酷な練習をやらざるをえない。 そこでまた「練習場所」ということになるのだが、今住んでいる家は、ちゃんと防音設備が施してある。 こういうこともあるかと思い、そういう家を探したのだ。 ところが、そういう家に住んでいても、やはり隣近所のことが気になってしまう。 どうもかつて経験したことが、心の傷として残っているようだ。 このへんのケアをやっていかなければ、身の入った練習が出来ない。 やはり、家は弾き語りの練習場所として適してないのだろうか。
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