2003年09月10日(水) |
9月の思い出 その9(完) |
宿に着いたのは午後9時を過ぎていた。 実に8時間歩き通したのだった。 宿に着くと、デスクSが待っていた。 「こら、しんた! こんな時間まで何やってたんだ」 「歩いて帰ってきました」 「どこから」 「荒尾からです」 「荒尾からだとぉ? なぜ電車で帰ってこないんだ」 「たくさん電話かけたんで、そんなお金残っていません」 「で、取れたんか?」 「取れませんでした」 デスクSの顔色が見る見る変っていった。 「ちょっと、部屋に来い!」
「お前、昨日の約束、覚えとるだろうな」 「はい、覚えてます」 「じゃあ、帰ってもらうことになるな」 「そうですね」 「『そうですね』って、お前、これで帰って恥ずかしくないんか」 「恥ずかしくありません」 「明日、もう一度頑張ってみようという気にならんとか!?」 「なりません」 「・・・」 「帰らせてください」 「もういい。勝手にしろ」
結局、翌日の朝、ぼくは帰ることとなった。 当初西鉄電車の乗換駅である大牟田まで国鉄を使おうかと思ったが、もう一度荒尾の町を目に収めておきたかった。 そこで、荒尾駅で電車を降り、そこから大牟田まで歩いくことにした。
荒尾から大牟田にかけて、懐かしい風景の連続だった。 工場群、ミュージックサイレン、三池炭坑の社宅群、目が痛くなるメタンガス、何となく古い街並み… 昭和30年代にタイムスリップしたような感覚に襲われたものだった。
会社には午後2時頃着いた。 会社には社長がいた。 「おや、しんた君。どうしたんかね。たしか出張に行っているはずじゃ…」 「デスクから帰れと言われたので、帰ってきました」 「ん? 何かあったのかなあ。まあ、いい。何かSさんの考えがあってのことだろう。で、君はこれからどうするんかね」 「帰ります」 そう言ってぼくは、もう二度と見ることがないであろう社長の顔をじっと見ていた。 「…ま、いい。お疲れさん」 「お疲れ様でした」 ぼくは、そう言って会社を出た。
家に帰ってから、ぼくはこの一ヶ月間というものを総括してみた。 「やたら交通費を遣っただけの、意味のない一ヶ月だった」 と、当時はそういうことで片付けた。
しかし、今考えてみると、「いや、そうではなかった」といえる。 あの頃、自分なりに文章の勉強が出来たし、それが今になって役に立っている。 何よりも、あの陶芸家との出会いは大きなものだった。 少なくとも40歳までは、夢を持ち続けることが出来たのだから。
さて、その翌日から、ぼくは職探しに奔走した。 一度は就職したものの長続きはしなかった。 そして一ヶ月後、出版社から数えると二ヶ月後、ぼくは長崎屋に戻った。
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