2003年09月08日(月) |
9月の思い出 その7 |
その夜、デスクSから散々小言を言われた。 「お前、一日何をやってたんだ?」 「ちゃんと電話でアポイントを取ってました」 「で、何件当たりがあったんだ?」 「残念ながら、今日は1件でした」 「どういうところだった?」 「お寺です」 「感触は?」 「住職のほうはよかったんですが、奥さんが渋って…」 「奥さんを説得出来なかったんか?」」 「はい」 「お前、やる気あるんか!?」 「あるから1時間以上も話し込んだんじゃないですか」 「お前を見ていると、イライラしてくる」 「そうですか」 ぼくは憮然として、そう答えた。
「お前、夢はあるんか?」 「ありますよ」 「どんな夢だ」 「音楽のプロを目指しています」 「音楽のプロぉ…? お前、まだそんなことをやっているのか。そんな子供みたいな夢は捨ててしまえ!」 ぼくはカチンと来た。 「夢を言えというから、夢を言ったんじゃないですか。夢を捨てろなんて、あんたにそんなことを言われる筋合いはない!!」 デスクSはたじろいだ。
数秒の沈黙のあと、デスクSは口を開いた。 「このままだと、他のメンバーに示しがつかん。明日うまくいかんかったら、帰ってもらう。わかったか!」 「わかりましたっ!」
翌朝、ぼくは前日と同じように駅前に電話をかけに行った。 ところが、10件かけても、20件かけてもアポイントが取れない。 ぼくは焦ってきた。 デスクSの憎たらしい顔がちらつく。 いったん休憩して、タバコをふかした。 前日の件で、ぼくはイライラしていた。 ようやく気を取りなおして、再び電話をかけた。 それから10件ほどかけた時だったろうか。 ようやくアポイントが取れた。 ぼくは例のごとく時間を指定し、先方に取材しに行った。
その日に行ったのは、窯元である。 ぼくは、陶芸については何も知識を持っていなかった。 が、何とかなるだろうと腹をくくって、玄関をくぐった。 そこは中学にあった技術室といった感じの、殺風景なアトリエだった。 「初めまして。しろげしんたといいます」 「ああ、あんたね、さっき電話してきたのは」 「はい」 「何の用?」 「先ほど電話した通りです」 「取材か」 「はい」 「で、あんたは陶芸について何か知識があるんね?」 「いいえ、まったくありません」 「そうか。じゃあ、話してもしょうがないなあ」 「でも、考え方とか生き方とか、陶芸を離れたところで話が出来るでしょう」 「ははは。ま、それはそうだけど。でも、お金はないよ」 機先を制せられた。
その陶芸家の目はキラキラと輝いていた。 しかし、ぼくと向き合って話をしてくれなかった。 もちろん作業中ということもあっただろうが、「話じゃなく、背中で感じとれ」といった気迫のようなものを感じた。 そこでぼくも話すことを控えた。
十分ほど経って、ようやく彼は話を始めた。 「あんたは、何かやってることあるんね」 「はあ、詩と音楽やってます」 「そうか。やっぱりね。何かそういうもんを感じたよ」 「そうですか」 「夢は大事にせないかんよ。人から何を言われようとも、決して諦めたらいけん」 昨日の今日である。 ぼくはこの言葉にグッとくるものがあった。 「もう取材しません。話を聞かせてください」と、ぼくは手に持っていたメモ帳とエンピツをカバンの中に直した。
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