2003年09月05日(金) |
9月の思い出 その4 |
そういえば、電話帳で思い出したのだが、研修がすんでしばらくたってからのこと。 午後4時半頃だったろうか。 デスクSが突然、「おい、しんた」とぼくを呼んだ。 「何ですか?」 「今度、熊本県の荒尾方面に取材に行くことになった。そこで、今から電話帳をもらってきてほしいんだが」 「どこにもらいに行くんですか?」 「荒尾」 「え、荒尾に今からですか?」
荒尾は、北九州とは全く逆の方向である。 その時間から荒尾に行くとなると、帰るのは何時になるかわからない。 しかも、荒尾になんて行ったこともない。 そこでぼくは、小さな抵抗をした。 「北九州とは、ぜんぜん逆方向じゃないですか」 「他に人がいないんだよ」 「もう電話局だってしまっているし」 「電話局じゃなくていいから」 「じゃあ、どこでもらうんですか?」 「公衆電話にあるだろう。そこで職業別のやつを、4,5冊もらってくればいいんだ」 「盗ってこいということですか?」 「ま、そういうことになる」 まさか、泥棒してこいというとは思わなかった。
渋々ぼくは荒尾に行った。 着いたのは、6時過ぎだった。 駅前の公衆電話の周りをウロウロしていたが、盗る気になれない。 しかたなく、駅から離れた場所に行くことにした。 しかし、今度は公衆電話がない。 しばらく歩いていくと、商店があった。 そこでぼくは、ジュースを飲むことにした。 「ごめんください」 「はーい」と言って出てきたのは、店のおばちゃんだった。 「ジュースください」 「はい」 ぼくがジュースを飲んでいると、おばちゃんは「今お帰りですか?」と聞いた。 「いや、まだ仕事中なんですよ」 「大変ですね。営業か何かですか?」 「いや、電話帳集めてるんです」 「え、電話帳を…?」 「今度仕事でこちらに来るもんですから、ちょっと必要になったもんで」 「もう電話局しまってるでしょ」 「はい」 「それは困ったねえ。いくついると?」 「4,5冊なんですけど」 「古いのでもいいと?」 「ええ、何でもいいです」 「ちょっと待ってて」 そう言って、おばちゃんは奥に入っていった。
しばらくしておばちゃんは、「やっぱりないねえ」と言いながら、出てきた。 手には一冊の電話帳を持っていた。 「これでよかったらあげる」 見ると2年前の電話帳だった。 「前はたくさんあったんだけど、この間捨てたもんね」 「もらっていいんですか?」 「いいよ。もう使うもんじゃないし」
荒尾に着いて1時間近く。 ようやく一冊を手に入れた。 店を出てから、再び公衆電話を探した。 辺りはだんだん暗くなっていく。 このまま公衆電話を探していたら、家に帰れなくなる。 そう思ったぼくは、駅に戻ることにした。 そして駅から会社に電話した。 電話にはデスクSが出た。 「しんたです。何とか一冊見つかったんですけど、このへんの公衆電話にはまともな電話帳が置いてありません」 「おお、そうか。お前が出たあとに思い出したんだけど、電話局に行けば全国の電話帳が手に入ったんだった」 「え…」 「もういい。帰ってこい」
そんなことは早く思い出してもらいたいものである。 しかし、まあ泥棒だけはせずにすんだ。 ぼくが会社に戻ったのは、午後9時を回っていた。 もちろん、デスクSはもう帰ったあとだった。
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