2003年09月02日(火) |
9月の思い出 その1 |
『救いのない夜』
何がぼくを変えたのですか。 一人の陶芸家ですか。 たわいのない夢ですか。 力のない口ぶりですか。 君への焦りですか。 納得のいかない仕事ですか。 金のないつらさですか。 退屈な日々の仕業ですか。 変に気取ったあの人たちですか。 夜に響く雨音ですか。 今朝のコーヒーの味ですか。 語る言葉の寂しさですか。 時折夢見る苦しさですか。 安らぎのない生活ですか。 片輪な心へのいらだちですか。 そんなぼくの生い立ちですか。 ひとりぼっちの寂しさですか。 救いのない… 救いのない… 救いのない夜ですね。
23年前の9月、それまで働いていた長崎屋を辞め、ぼくは出版社に勤務することにした。 新聞の求人欄でその仕事を見つけた。 仕事の内容はライターだった。 いちおう就職試験なるものがあった。 生まれて初めて受ける就職試験だった。 試験官は、「さほど難しい問題は出していません。新聞を読んでいれば、簡単に解ける問題です」と言った。 しかし、当時新聞を読む習慣のなかったぼくには難問だった。 どんな問題だったのかは忘れたが、とにかくまったく解けなかったというのだけは覚えている。
次は面接である。 筆記がぜんぜんだめだったぼくは、半分やけになっていた。 面接を受ける時、まず面接官を睨み付けた。 面接官は言った。 「あんたは自分の性格をどう思うかね?」 「我の強い人間です」 「ははは、確かに我の強そうな顔をしとるな」 「そうですか」、とぼくは憮然として言った。 「筆記はどうだった?」 「あんなもん、わかるわけないじゃないですか」 「あんた面白いな。ここに向いてるかもしれん…。よし、決めた。明日から来い」 この会社に受かった人には、電報が届くようになっていた。 が、その面接官は「あんたには電報打たんから」と言って、さっさとぼくの入社を決めた。
翌朝、会社の扉を開くと、そこに社長がいた。 「おめでとう。君も電報が届いたんかね」 「いや、電報はもらっていません」 「え?」 「面接の人が『明日から来い』と言うんで、来たんです」 「面接は誰がした?」 「たしかMさんだったと思いますけど」 「そうか、Mさんか。よっぽど君のことが気に入ったんだなあ」 社長の話では、そのMさんはかつてT新聞の敏腕記者だったということだ。 「そういう人に気に入られたんだから、頑張ってよ」 社長はそう言いながらも、嫌そうな顔をしていた。 その時ぼくは、『このおっさんとは、きっと合わんだろう』と思ったものだった。
|