【死に風】 先週、前にいっしょに働いたことのある人のお母さんが亡くなった。 ということで、その日お通夜に行ってきた。 今日の夕方、うちのパートさんのお父さんが亡くなったという連絡が入った。 そのため、明日はお通夜に行かなければならない。 そういえば、午前中には本社の人のお父さんが亡くなったとの訃報が入っていた。
このところ、不幸ごとが続いている。 その3件とも、ぼくの知っている人の親御さんである。 おそらく偶然だろう。 しかし、偶然ではないと唱える人もいる。 前に、葬儀社の人からこういう話を聞いたことがある。 例えばAという場所とBという場所で、それぞれ人が亡くなったとする。 すると不思議なことに、次に亡くなる人は、AB線上もしくはその延長線上から出るらしい。 その線上には、死に風が吹いているのだという。
前の会社にいた頃。 ある時期、部下たちの親が次から次に亡くなったことがある。 あまりに立て続けなので、そのことを気味悪がった上司がぼくに「しんた、お前の部署は祟られてるんじゃないか。なんなら、お祓いしたらどうか」と言ったくらいである。 ぼくは「そんなの偶然でしょう」と言っておいたが、実際ぼくも気味が悪かった。
葬儀社の人の話を聞いたのは、それからずっと後のことである。 それを聞いて、ようやくその時期の不幸続きに合点がいった。 それらの不幸ごとが、地理的線上にあったのかどうかは確かめてはいない。 が、同じ部署という線上にあったのは確かである。 おそらく、その時期、ぼくの部署には死に風が吹いていたのだろう。
【ミエコ】 お通夜といって思い出すのは、『やんぽう通信』でおなじみのミエコのことである。 あれは、ミエコが会社に入った次の年のこと。 ある女子社員のお祖母さんが亡くなった。 仕事を終えると、ぼくは仲間と連れだってに通夜の会場に向かった。 その中にミエコもいた。
ミエコはなぜかソワソワしていた。 ぼくがその理由を聞くと、通夜に出るのは初めてで、どうやってお参りしていいのかわからないと言う。 そこで、ぼくたちは歳の順にお参りをすることにした。 ミエコが一番年下なので、人がしているのを見て覚えるだろうと思ったのである。 ぼくが「おい、ミエコ。人がするのをちゃんと見とけよ」と言うと、ミエコは「うん、わかった」と言った。
まず遺族に一礼し、線香を上げ、リンを叩き、お参りする。 そのあと遺族の人に挨拶して終わりである。 次々とお参りをすませ、ミエコの番が近くなった。 「ミエコ、覚えたか?」 「うん」 「大丈夫か?」 「大丈夫っちゃ」 ついにミエコの番がやって来た。 ぼくたちは、ハラハラしながら見ていた。
ミエコは、遺族に一礼し、線香を上げた。 そこまでは大丈夫だった。 ところが、リンを叩く段になって、本領を発揮した。 リンの横に、木魚が置かれていたのだが、ミエコは何を思ったか、木魚のバチを手にし、リンを叩こうとしたのだ。 遺族の人たちは、それを見てキョトンとしている。 ぼくは、小さな声で「ミエコ、それ違う」と言った。 それを聞いたミエコは、後ろを振り向き「え?」と言った。 「それじゃない。横、横」 「え? わからん」 「それは木魚のバチ。リンを叩くのは、その横の小さな棒」 ミエコは舞い上がってしまい、キョロキョロしている。 その姿がおかしくてたまらない。 しかし、場所が場所なので、笑うに笑えない。
と、遺族の人たちがクスクスと笑い出した。 それにつられて、そこにいた全員が笑い出した。 ミエコは、何でみんなが笑っているのかがわからずに、キョトンとしている。 手にはあいかわらず木魚のバチを持ったままであった。
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