ところで、今回どうして再びボブ・ディランにはまったのかというと、そのアルバムの弾き語り3曲を聴いて、痛く感動したからである。 その3曲とは、『くよくよするなよ(DON'T THINK TWICE,IT'S ALRIGHT)』『女の如く(JUST LIKE A WOMANN)』『イッツ・オールライト・マ(IT'S ALRAIGHT MA -I'M ONLY BLEDING)』である。 どの曲も、アコースティック・ギター一本の弾き語りで、1曲目と3曲目にはハーモニカも入っている。 力強い声でガンガンやるもんだから、つい引き込まれてしまったのである。 それまでは、『我が道を行く(MOST LIKELY YOU GO YOUR WAY -AND I'LL GO MINE)』や『ライク・ア・ローリング・ストーン』などのザ・バンドをバックに従えた派手な歌ばかり聴いて、どちらかと言うと地味な弾き語りはあまりよく聴かなかった。 聴いてみると、実に凄い。 マイクに向かって力強く怒鳴っているという感じだ。 それがかっこよくもあり、心地よくもある。 やはり弾き語りというのは、こういう攻撃的なものであるべきだ。
当時アメリカではウォーターゲート事件が問題になっており、時のニクソン大統領の進退が取りざたされていた。 そういう時期に、ディランが『イッツ・オールライト・マ』という歌の中で「アメリカの大統領でさえ、時にはどうしても、裸で立たなくてはならない」とやったものだから、満員の観客は大いに盛り上がった。 これぞ、『風に吹かれて(BLOWIN' IN THE WIND)』他、数々のプロテストソングを作ったディランの真骨頂だろう。
ところで、この『イッツ・オールライト・マ』であるが、ぼくはこの曲を長い間好きになれなかった。 その原因は曲や歌詞にあるのではなく、レコードについている歌詞ブックの訳詞にあった。 だいたいディランの詩の和訳は、わけのわからないものが多いのだが、それなりに格調はある。 ところがこの「IT'S ALRAIGHT MA」の訳だけは違った。 全体的には、いつもながらの格調あるわけのわからない訳なのだが、歌詞の中にある「IT'S ALRAIGHT MA」という言葉の訳が、その格調を台無しにしてしまっているのだ。 「それでいいんだ、おっかさん」である。 たしかに間違った訳ではない。 が、アメリカの大統領まで登場するこの詩のイメージに、「おっかさん」は合わない。 もしかしたら、訳者はウケを狙ったのかもしれないが、ディランの詩でウケを狙おうなんて、もってのほかである。 その「おっかさん」一言のために、長い間、ぼくはこの曲が好きになれなかったのである。
そういえば、ビートルズの『ビートルズがやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!(A HARD DAY'S NIGHT)」でも、気に入らぬ訳詞を見たことがある。 元々この曲名を『ビートルズがやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!』としていること自体気に入らないのだが、それにもましてその訳はひどかった。 細かい訳は忘れたが、冒頭の「It's been a hard day's night」の訳だけはしっかりと覚えている。 「我本日疲れたり」である。 勘弁してほしい。 あの曲を聴いて、訳者以外の誰が「我本日疲れたり」という言葉を思い浮かべるだろうか? そう、イメージが合わないのだ。 しかもこういう文語で始めるのなら、ずっと文語で通せばいいものを、その後は安易な口語に変わっているのだ。 それも低俗な流行り言葉まで使っていた。 全世界を魅了したビートルズも、これでは台無しである。 おそらく訳者は、「我本日疲れたり」を考えついた時、「やったー!」と小躍りしたに違いない。 しかし、こういう表現は一歩間違えると、センスや教養を疑われる結果となる。 余計なお世話かもしれないが、もっと勉強してもらいたいものである。
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