区内の、高倉健の実家近くに吉祥寺(きっしょうじ)という浄土宗のお寺がある。 藤で有名なところで、毎年この時期になると『藤まつり』を催している。 参道に出店が出るなどして、たくさんの人出でにぎわっている。
吉祥寺の藤まつりの頃になると、いつも思い出すことがある。 それは、10年ほど前、この祭に行った時に思わぬ人を見たことである。
ぼくはそれ以前にも、何度かこの祭に行ったことがあるのだが、いつものように人通りの多い狭い参道を歩いていた。 すると突然、後ろのほうで、「こらー、○○!!お前は…」という怒鳴り声が聞こえた。 どうも子供を叱っているようだった。 まあ、子供を叱るくらいは日常茶飯事のことで、大したことはないのだが、ぼくはその声に思わず振り返ってしまった。 なぜなら、とにかく声が太いのだ。 しかも、その声は女性のそれである。 その声を聞いて、どんな人なんだろうと興味をそそられた。 きょろきょろと周りを見回すと、おそらくその声の持ち主だろうと思われる人がいた。 とにかく背が高い。 周りにいる人より、頭一つ出ていた。 しかも、体格がいい。 『おそらくこの人だろうな』と思っていると、その人が口を開いた。 ドスのきいた低い声。 まさにその声の持ち主であった。
ぼくは、一緒に祭に行っていた友人に「凄いのう、あのおばさん」と言った。 すると友人は、「おい、あの人…」と言った。 「あのおばさんが、どうかしたんか」 「あの人、横山樹里ぞ」 「横山樹里?」 「おう」 横山樹里といえば、元女子バレーボールの日本代表だった人だ。 「まさかぁ、樹里はあんなデブやなかったやろうもん」 「いや、引退してからデブになったらしい」 そういえば、横山樹里もこの吉祥寺の近くに実家があるのだ。 ここにいても別におかしくはない。 しかし、ぼくは半信半疑だった。 あのおばさんの顔と、テレビで見ていた樹里の顔とが、どうしても結びつかなかったのだ。
しばらくして、その半信半疑に終止符を打つ時がやってきた。 ローカル番組で、あるママさんバレーチームの紹介をやっていた。 そこに、吉祥寺で見た、あのおばさんがいたのだ。 レポーターが言った。 「この方をご存じの方も多いと思います。元全日本のエースアタッカー、○○樹里、旧姓横山樹里さんです」 「こんにちはー」 ドスのきいたあの声である。 やはり、あのおばさんは横山樹里だったのだ。 しかも、あの時よりもさらに肥えていた。 その後樹里は、ビートたけしのトーク番組に出て、たけしからさんざんからかわれていた。 もちろん、その体型について突っ込まれていたのだ。
さて、今日は藤まつりの最終日だった。 「今年もあの人は行ったのだろうか」 と、ぼくが横山樹里を思い出す季節になった。 いよいよ初夏である。
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