先日、高校3年時のことを書いたが、そのことで思い出したことがある。 高校を卒業してから18年後、ぼくが36歳の時のことだ。 7月、『同窓会のお知らせ』なるハガキが舞い込んできた。 これはクラスの同窓会ではなく、学年全体の同窓会だった。 同窓会そのものには興味はなかったのだが、「もしかしたら、あの頃好きだった人に会えるかも」という甘い期待があったので、参加することにした。
当日、友人二人と駅で待ち合わせ、会場である駅前のホテルに向かった。 会場に行ってみると、数十人の人たちが集まっていた。 ぼくはさっそく、その好きだった人を目で探した。 しかし、来てなかった。 その時点でぼくは帰ろうと思ったが、友人二人のを誘った手前、すぐに帰るわけはいかない。 仕方なく、しばらくそこにいることにした。 他の二人は同じクラスになったことのある人が来ており、楽しそうに談笑していたが、ぼくの場合、同じクラスになった人間はほとんど来ておらず、一人白けていた。
ぼくがふてくされて座っていると、後ろから「しんた」という声が聞こえた。 振り向くと、そこには3年の時に一緒のクラスだったMがいた。 彼も3年の時、ぼくと同じく担任からしこたま叱られた口だった。 そういう共通点があったせいか、仲間意識を持つようになり、よく行動を共にしていた。
「おう、Mか」 「今日担任が来とるんやけど、しんた、お前挨拶したか?」 「いいや」 「なし挨拶せんとか。お前が一番迷惑かけたやないか」 「迷惑かけたのはお前のほうやろ。おれは事故起こしてないぞ」 Mは3年の時、バイクで転倒し入院したことがある。 それまで、担任はぼくよりもMのほうを叱っていたのだが、彼が入院してからというもの、担任はMの分までぼくを叱るようになった。 Mは、「とにかく、挨拶してこい」と言う。 「いやっちゃ」 「いいけ、来い」 と、Mはぼくの腕を引っ張っていった。
「先生、しんたを連れてきました」 担任は「しんた…?」と一瞬首をひねった。 ぼくが「お久しぶりです」と言うと、担任は「ああ、久しぶりですねえ」と言う。 ぼくが「先生、おれのこと忘れたでしょ?」と聞くと、担任は「い、いや、そんなことはないですよ。はは…」と答える。 おそらく忘れているのだろう。 憶えているのなら、そんな他人行儀な受け答えはせずに、「おう、しんたか! 母ちゃんに心配かけんで、ちゃんと真面目にやっていきようか!?」など言うはずだ。
担任はぼくに「今、どこに勤められてますか?」と聞いた。 「今、○○に勤めています」 「ああ、○○か。私の教え子もそこに勤めているのがいてねえ」 「あ、そうなんですか」 と受け答えしながらも、『あのねえ、おれもあんたの教え子なんですよ!』と思っていた。
ぼくが担任と話している途中に、Mが横から「先生、しんたも更正したでしょ?」といらんことを言った。 彼は、高校3年時の担任とぼくとの関係を、再現させたがっていたのだろう。 しかし、担任の記憶はさかのぼることはなく、相変わらず他人行儀に「はは…」と笑っているだけだった。
話しているうちに、ぼくはだんだん寂しくなってきた。 しばらく担任と話してから、「じゃあ、失礼します」とその場を去った。 ぼくが席に戻り、一人で酒を飲んでいると、Mが戻ってきた。 そして「やっぱり担任は、しんたのことだけは憶えとったみたいやのう」と言った。 「どこが憶えとるんか!」 「親しそうに話しよったやないか」 「お前、あれが親しそうに見えるか? ずっと他人行儀やったやないか」 「そうは見えんかったけど」 彼はいったい何を見ていたのだろう。
いくらその当時印象に残った生徒でも、時間が経てば忘れるものである。 それは仕方ないことだ。 ぼくたち生徒が生涯に出会った先生の数よりも、先生が生涯に出会った生徒の数のほうがはるかに多いのだから。 しかし、そうはいっても、記憶のどこかにぼくの存在をとどめておいてほしかったとは思う。 もしそれがあったら、もう少し楽しい同窓会になっていただろう。
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