前の会社にいた時、レーザー・ディスクのコーナーを担当していたことがある。 吉幾三が『俺ら東京さ行ぐだ』の中で、“ディスコも無ェ/のぞきも無ェ/レーザー・ディスクは何者だ?”と歌った、ちょっと後のことだ。
その当時、ぼくの勤めていた地区では、二つの販売店がレーザー・ディスクの覇権争いをやっていた。 その一店がぼくのいる店で、もう一店がBという店だった。 売上高はほぼ同じだったが、販売内容はちょっと違っていた。 こういう趣味嗜好商品というのは、販売する人によって売れるジャンルも違ってくるらしい。 販売する人の趣味が反映するというのだ。
うちの店は、ぼくが担当だったため、ぼくの趣味が反映した。 売れたのは言うまでもなく、音楽ものだった。 いろいろなアーティストのライブものや、プロモーションビデオ、さらにカラオケまで、音楽と名の付くものなら何でもよく売れた。 松任谷由実のセットものが発売になった時だったが、他の店は良くて4,5セット程度の売上げだったのだが、うちの店は30セットほど売り上げた。 また、1セット売れればいいほうと言われた吉田拓郎のセットものも、うちの店では10セット以上売れた。 あまりに格差があるので、他の店が「値段を下げて売っているんじゃないか」とメーカーにクレームをつけたほどだった。
一方のBはアニメだった。 アニメといえば、その当時から宮崎駿ものがよく売れていたが、『魔女の宅急便』が発売になった時、うちの店でもそこそこ売れたのだが、Bではうちの10倍近くの売上げがあったということだった。 Bでアニメがよく売れたのは、担当者がアニメファンだったというのもあるが、うちがアニメを敬遠していたというのも影響していたと思う。
その当時、業界ではアニメファンは神経質な人が多いという見方が一般的だった。 ある時、一人のお客さんがやってきた。 「すいませーん。これ、おたくで買ったものなんですが、11分58秒のところに白いノイズが出るんですけど」と言う。 調べてみると、11分58秒のところで、一瞬、目を凝らしてみないとわからないほどの、小さな白い点が出る。 普通の人ならまったく気にならないようなノイズだが、その人は大いに気になるらしかった。 仕方なく交換したのだが、数日後、その人はまたやって来た。 「やはり前と同じところでノイズが出るんですけど」と言う。 修理のきかないディスクなので、こちらとしては、交換する以外に対処する方法はない。 しかし、何度交換しても、同じ結果しか出ないと思ったぼくは、メーカーに対処させることにした。 さすがにその後は何も言ってこなかったが、そのお客とメーカーは、かなりやりあったという。 うちの店がアニメを敬遠したのは、こういうクレームがけっこう多かったからである。
じゃあ、Bではそんなクレームがなかったのかというと、そうではなく、うち以上に売っている分クレームも多かったそうだ。 ある時、メーカーからBでの面白い話を聞いた。 アニメに限らず、こういうソフト関係は、初回版にプレミアムが付いてくることが多い。 それ欲しさに、初回版を予約する人もけっこういるのだが、アニメファンはその傾向が特に強かった。 そのプレミアム欲しさに、あるアニメを予約した30代の男性がいた。 ソフトの発売日、その男は開店と同時に現れたという。 ところが、店の手違いで、その男の予約分が漏れていたことがわかった。 ソフトは行き渡るのだが、そのプレミアムは限定だったので、もう手に入らない。 そこで、店の人はその旨を男に説明し、丁重に詫びを入れた。 「他のプレミアムを準備させてもらいますので…」 そう言ったとたん、男はベソをかき、その場に座り込んだ。 そのまま小一時間座り込んでいた。 いくら店の人が詫びても、立ち上がらなかったという。 たしかにミスを犯した店が悪いのだが、男もベソかいて座り込むことはないだろう。 いい歳した大の大人が何をやっているんだ。 そのメーカーさんは、「アニメファンというのはホント疲れますわ」と嘆いていた。
アニメファンといっても、こういう人はごく一部にすぎないだろう。 そのごく一部の人が、いろいろと問題を起こすので、業界の中で偏ったアニメファン像というのが出来たのだろう。 ぼくも、どちらかというとアニメ好きの人間ではあるが、重視するのはプレミアムやディスクのちょっとしたノイズではなく、あくまでも作品の内容である。 おそらく、アニメファンといわれる多くの人たちも、ぼくと同じ意見だと思う。
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