11日のことだった。 その日は忙しく、ぼくは倉庫と売場を行ったり来たりしていた。 夕方、ぼくが倉庫から売場に帰ってくると、例の酔っ払いおいちゃんが座り込んで相撲を見ていた。 いつものことなので、放っておいたのだが、それが間違いだった。 相撲が終わって、おいちゃんはいつものように「ああ、大将すいません。ありがとうございました」と言って帰ろうとした。 「いいえ」と言いながら、ぼくはおいちゃんのいるほうを見た。。 すると、おいちゃんの座っていた場所にタバコの吸殻が落ちているのが見えた。 ぼくが倉庫に行っている隙に、おいちゃんはタバコを吸っていたのだ。 「おいちゃん、ちょっと待ち。あんた、またここでタバコを吸ったね」 「・・・・」 「何回言うたらわかるんね」 「・・・・」 「約束しとったやろ。今度ここでタバコを吸うたら、相撲を見せんち」 「・・・・」 「もう明日から、ここに来たらいけんよ」 おいちゃんは、ぼくが文句を言っている間、子供が叱られている時のように、下を向いて黙ったままだった。 帰り際、おいちゃんは小さな声で「ごめんなさーい」と言った。
これで、おいちゃんもしばらくここには来ないだろう、と思っていたが、甘かった。 翌12日、ぼくは休みだった。 おいちゃんは、ぼくがいないのを見計らって、売場に相撲を見に来た。 そして、またタバコを吸い出した。 売場に女の子しかいないので、文句を言われないだろうと思っていたのだろう。 ところが、うちの女の子は気が強い。 「おいちゃん、タバコ吸ったね」と言うなり、テレビのスイッチを切ってしまった。 おいちゃんはテレビのスイッチの入れ方を知らないらしく、しばらく黙ったままで、そこに座っていた。 たまたま、そこに店長代理がやってきた。 「おいちゃん、どうしたんね?」 「テレビの電源切られた」 「何か悪いことしたんやろ」 「いや、何もしていません」 「テレビが見たいなら、つけてやるけ、おとなしくしときよ」 「はい、わかりました」 結局、おいちゃんは最後まで相撲を見ていたという。
昨日その話を聞いたぼくは、「おれは絶対見せん」と息巻いていた。 おいちゃんもさすがにその空気を察したか、昨日は売場どころか、店の中にも入ってこなかった。
ところが今日、またおいちゃんはノコノコと店の中に入ってきた。 ぼくの売場には近寄らなかったが、ほかの売場に行っては大声を張り上げている。 ぼくが事務所から売場に戻っている時だった。 おいちゃんが前を歩いていた。 いやな予感がした。 そのままぼくの売場に行くのではないだろうか。 ぼくは先回りして、おいちゃんの入場を阻止しようと思った。 が、運悪く、ぼくは他のお客さんに捕まってしまった。 「○○はどこにありますか?」 「ああ、○○はですねえ・・・」 売場に戻るまで、5分ほどの時間を要した。 おそらくおいちゃんは売場に座り込んでいるはずだから、また一戦交えなければならない。 「面倒だなあ」と思いながら、ぼくは売場に戻った。 が、そこにおいちゃんはいなかった。 帰ったか、と思っていると、後ろのほうからおいちゃんの声がした。 「えっ?!」と思って後ろを振り返ると、何とおいちゃんは売場の外から相撲を観戦していたのだ。 売場の外、つまり通路である。 おいちゃんは例のごとく座り込んでいる。 しかし、通路に座り込まれると、他のお客さんが迷惑する。 ぼくは躊躇せず、テレビの電源を切った。 しかし、切られたからといって、ぼくに文句を言うほどの度胸は、おいちゃんにはない。 おいちゃんは「くそー、切られた」と言って、その場を離れた。
閉店まで、おいちゃんは休憩所にいた。 他の人が構ってやるので調子に乗っている。 相変わらず、自慢話をし、誰かが話の腰を折ると、「なめるなよ、きさま」などと言っている。 しかし、ぼくはもうおいちゃんは飽きた。 話をするのも面倒だ。 ぼくが何も言わず、キッと睨むだけで、おいちゃんは目をそらし黙ってしまう。 おいちゃんも、もうぼくの売場に来ることはないだろう。 もし入ってきたら、有無を言わさずつまみ出す。 おいちゃんの小便の始末をしてから、ぼくはおいちゃんに対して、強くなった。 おいちゃんもそれを知っているから、ぼくに頭が上がらないのだろう。 気の小さい子供である。
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