パソコンの電源を入れ、エディタを開き、日にちを書き込み、そのまま何も書かずに眠ってしまった。 まあ、日記にできるほど大した一日ではなかった。 だが、それでも「頑張る40代!」は妥協を許してくれない。 いつも何か書けと言ってくる。
そういえば、昼間、十何年かぶりに知り合いにあった。 知り合いと言うより、お客さんと言ったほうが正しいかもしれない。 そう、彼は、ぼくが前の会社で楽器担当をしていた時の、お客さんだった。
その当時、店の近くにアマチュアミュージシャンのサークルがあった。 彼もそこの会員だったのだが、ぼくの店には、よくそこのメンバーが買い物に来ていた。 最初はギター弦やピックといった小物を買っていくだけのただのお客だったのだが、時が経つにつれ、彼らとよく話をするようになっていった。 決定的に仲がよくなったのは、ぼくがモーリスギターをバックにつけ、ミュージックコンテストを開催してからだった。 その時の応募者は十数名だったが、そのほとんどが、そのサークルのメンバーだった。 そこからぼくと彼らの親交は深まっていった。 彼らは自分の夢を語りだした。 みな一様にミュージシャンになりたいという夢を抱いていた。 同じ夢を抱く者として、ぼくは彼らに親近感を抱いた。 「しんたさん、彼女ができました」と言って、彼女を連れてきた奴もいた。 彼らが進学・就職で悩んでいる時には、相談にも乗ってやった。 彼らが大学生になった時には、一緒に飲みに行ったりもした。
そういう付き合いが、彼らが就職するまで続いた。 そのメンバーの中でも、一番プロへの情熱を傾けていた奴が、「しんたさん、ぼくもようやく夢と現実がわかるようになりました。これからは、仕事中心でやって行こうと思います。音楽はやめませんけど、あくまでも趣味にとどめておきます」と言った。 この言葉で、ぼくと彼らの関係が終わったように思えた。 その頃から、彼らは、あまり姿を見せなくなった。
その後、彼らの後輩たちがよく店にやってきたが、彼らのように親密にはならなかった。 ぼくの担当部署が増えたというのもあるが、彼らに先輩たちが持っていた情熱が感じられなかったからだ。 ただ「音楽やってまーす」という人間を、ぼくは好きになれなかった。 例の先輩の「夢と現実」の話を聞きながら、ぼくは「その夢、おれが引き受けた」と思っていた。 その時から、ぼくは再び夢に情熱を傾けるようになっていった。 だから、情熱の感じられない人間を、どうしても好きになれなかったのだ。
さて、昼間あった彼は、現在37歳だと言っていた。 ぼくとは8つ違いである。 子供が二人いるらしいが、下の子が体が弱く、病気がちだと言っていた。 これも現実である。 いまだ夢に情熱を傾けているぼくには、何か遠い世界の出来事のような気がした。
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