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2002年10月13日(日) Y子の思い出

「午後2時に家を出た。
黒崎でサングラスを買った後、友人のH宅に行く。
すでにIが来ていた。
H宅から歩いて八幡駅に向かった。
午後4時、八幡駅に着く。もう、みんな集まっているようだ。
そうそう嫌なものを見た。J子だ。
中学時代の英語の教師だ。
娘を見送りにきたのだ。
Y子が挨拶している。
そして、Y子はぼくを呼んだ。
・・・」

古いノートをめくっていたら、以上のような日記を見つけた。
そこに書かれているのは、今から28年前の10月13日、高校の修学旅行の初日の様子である。
高校の修学旅行というと、学生最後の修学旅行になる。
そういう特別な行事のしょっぱなに、ぼくが中学の時一番嫌いだった教師J子が現れたのだ。
せっかく忘れていたのに、なにもよりによってこんな日に現れなくてもいいだろう。

J子は、ぼくと同じ高校に通っていた娘の見送りに来ていたのだ。
ぼくと同じ中学出身のY子が、へらへらと挨拶をしていた。
当然ぼくは無視していた。
「このまま知らん顔して、列車に乗ってしまおう」と思っていたのだ。
ところが、Y子がぼくを呼んだ。
「しんたくーん」
「あ!?」
「J子先生よ」
ぼくはどうしようかと迷ったが、離れた場所から、「ああ、どうも」とそっけなく頭だけ下げておいた。

後で、ぼくはY子に文句を言った。
「ばかか、おまえ。J子ごときで、おれを呼ぶな!」
「いいやん。J子先生にお世話になったんやろ」
「誰がお世話になんかなるか」
「J子先生、『しんた君どうしよる?』と心配しよったよ」
「何で、あんな奴から心配されんといけんのか。自分の娘のことでも心配しとけ」
J子先生のことは以前日記にも書いたが、ぼくを毛嫌いしていた先生で、ぼくの母親を4度も学校に呼びつけたことがある。
J子が吹聴したおかげで、ぼくは中学の3年間、問題児扱いされたのだ。
どうしてそんな先生から心配されないとならないのだろう。
高校に入ってからも、問題児しているとでも思っていたのだろうか。
今でも、J子のことを思うと不愉快な気持ちになる。
「とにかく、今後J子が学校とかに現れても、絶対におれを呼ぶなよ」
「呼んでやるけ」

Y子とは小学校からいっしょだった。
小学3年、4年、中学2年の時に、同じクラスだった。
ぼくとはけんか友だちみたいな関係だった。
彼女は小学校の頃から勉強が出来たので、当然T高校に行くものだと思っていた。
それがわざわざ1ランク下げて、ぼくと同じ高校を選んだのだ。
受験の時、横に座っていたので、ぼくは「何で、こいつがここにおるんか」と思ったものだった。
合格発表の日、高校の門をくぐると、そこにY子がいた。
すでに発表を見てきたと言うことだった。
そして言わなくてもいいことを口走った。
「うちの中学、みんな合格しとったよ」
この一言で、合格発表を見る楽しみがなくなった。
おかげで、掲示板に貼り出された自分の名前を見た時、色褪せて見えたのだ。

高校に入ってからも、2年でまたいっしょになった。
いつも中学年でいっしょである。
ぼくが学生時代に楽しかったのは、小3・小4・中2・高2の時だった。
それらの学年は、すべてY子とクラスがいっしょである。
しかし、別にY子がいたから楽しかったわけではない。
ぼくが個性を充分に発揮できたから楽しかったのだ。
ぼくはY子のことを、女として見たことがなかった。
おそらくY子も、ぼくを男として見たことはないだろう。
二人はただの同級生だったのだ。

高校を卒業して、Y子は音大に入った。
ぼくは、長い浪人生活を送った。
再会したのは、社会に出てからのことだった。
ぼくは駅まで自転車で通っていたことがある。
いつものように駅まで急いでいた。
気がつくと、ぼくの横を一台のスクーターが、ぼくの速度に合わせて走っている。
そして、スクーターの人は「今行きようと?」と、ぼくに声をかけた。
ヘルメットをかぶっているので、顔がよくわからない。
『おばさんみたいやけど、近所の人やろか』とぼくは思った。
「はあ、今行ってます」とぼくは言った。
一時沈黙していたが、相変わらずスクーターは併走している。
そして、信号が赤になったので止まった。
すると、そのおばさんが「私よ」とヘルメットを取った。
Y子だった。
「なんか、お前か。近所のおばさんかと思った」
「相変わらず失礼やねえ」
あまり長話は出来なかったが、聞いたところによると、Y子はある高校の音楽の講師をしているとのことだった。
「あんた今何しようと?」
「教えられん」
「教えたっていいやろ」
「じゃあの」
そう言って、ぼくは別の道を行った。

それからY子とは、高校の同窓会で一度会ったっきりである。
結婚して子供が出来たとは言っていたが、今どうしているのだろう。
まあ、あいつがどうなっていようと、ぼくの知ったことではない。
たまたま古い日記を見て、思い出しただけなのだから。


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