2002年10月12日(土) |
メンソレータムとオロナイン軟膏 |
長崎屋で勤めていた頃、昼食といえば、店員食堂だった。 だいたいそこを利用していたが、一度だけ隣のビルにあったお好み焼き屋に行ったことがある。 その店は自分で焼かなければならなかった。 焼きあがるまでけっこう時間がかかるので、ぼくはタバコでも吸おうと、そばにあった灰皿をとった。 ところが、その灰皿は鉄板の熱でかなり熱くなっていた。 「あちーっ!」 すぐさま水の入っているコップに手をあて、患部を冷やした。 右の親指と人差し指、「こりゃあ、完治1,2週間はかかるやろう。こんなとこに包帯でも巻いたら、箸もつかめんわい。困ったのう」と憂鬱な気分になった。 とりあえず、お好み焼きを痛む手を操って食べ、職場に戻った。
職場に戻ったぼくは、さっそく薬箱の置いてある事務所に行った。 「やけどしたんやけど・・」 そこには女性の事務員がいた。 「まあ、どうしたんね」 「お好み焼き屋で灰皿取ろうとして」 「ああ、灰皿が焼けとったんやね」 「ちょっと見せて」 ぼくが指を差し出すと、事務員は「ああ、これは火ぶくれが下がるねえ。なんかいい薬なかったかなあ」と言い、薬箱の中をあさった。 「何もないみたいやねえ。とりあえず、メンタムでも塗っとき」と言って、その人はガーゼにメンソレータムを塗りたくり、それを患部に当て、包帯でぼくの二つの指をぐるぐる巻きにした。 「ま、どうにかなるやろ。お大事に」 「ありがとうございました」 ぼくは礼を言って事務所を出たが、内心「メンタムなんかで治るんやろか」と思っていた。 仕事中、かなり指がうずいていた。 職場の人が「病院に行ったほうがいいよ」と言ってくれたが、その当時からぼくは病院嫌いだった。 「いや、精神力で治します」と言って、ぼくは耐えていた。
家に帰り、もう一度メンタムを塗りなおして、その日は風呂に入らずに寝た。 夜中もかなり指がうずいていた。 が、その頃からメンタムが効いてきたのだ。 指がうずきだすと、メンタムが効いてスーッとする。 最初は心臓の動機に沿って襲ってきた痛みも、1分おき、2分おきと痛みの周期が長くなってきた。 そのうち痛みよりも、メンタムの心地よさを意識するようになり、ぼくはいつの間にか眠ってしまった。
翌朝、痛みは完全になくなっていた。 包帯を取ってみると、患部は若干硬くなっていたが、火ぶくれは下がってなかった。 用心のために、もう一度患部にメンタムを付け、包帯を軽く巻いてい家を出た。 しかし、仕事中にいつの間にか包帯がはずれていた。 いつはずれたかもわからないほど、ぼくの指は回復していたのだ。
それ以降、ぼくはメンタムを万能薬扱いにし、常備するようにした。 切り傷にもメンタム、デキモノにもメンタムである。 切り傷にはすり込まず、大目の量を軽く患部に乗せるのがいいようだ。 またデキモノの場合は、いったん出来てしまうと、いくらメンタムでも治せない。 出来始めに付けるのが効果的である。
さて、何でメンタムの話を長々としてきたかというと、実は今ぼくの小鼻にデキモノが出来ているのだ。 最初はちょっと痛痒い程度だったが、そのうちにうずくようになってきた。 よく見ると、うずいているところから血が出ている。 最初のちょっと痛痒い時にメンタムを塗ればよかったのだ。 うずきだしてからメンタムを塗った、それもすり込んだものだから、逆効果になってしまった。 おそらくすり込んだ時にばい菌が入ったのだろう。 小鼻がただれてしまった。 さらに飛び火して、鼻の下も腫れてきだした。 おまけに首筋のリンパが腫れてしまい、口を開くのも億劫だ。 もはや、メンタムでは埒が明かない。 ということで、昨日薬局に相談に行った。 すると、「何で、メンタムなんかつけるんですか!」と、叱られてしまった。 「そういう時は、何をおいてもオロナインです!」 そう言って、薬局の人はぼくにオロナインを薦めた。 オロナインなら家にあるので、ぼくは買わずに帰った。 「まあ、薬局の人が言うんだから」と、昨日からオロナインを塗っているが、なるほど効き目があるようだ。
オロナインに興味を持ったぼくは、大塚製薬のサイトを覗いてみた。 すると、そこには「オロナイン軟膏、発売50周年記念」というようなことが書いてあった。 なるほど、キャンペーンをやっているのか。 それで薬局の人が薦めたわけか。 そう思うと、ぼくの小鼻はまたうずきだした。 しかたない、メンタムでも塗っておくか。
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