朝礼が終わってから、店長がぼくのところにやってきた。 「こら、お前よくもロスを出してくれたのう」 「すいません」 ぼくは悪びれずに言った。 「謝ってすむ問題か!もう一度棚卸しろ!」 「無駄です」 「あー?」 「無駄です」 「何が無駄か!」 「原因はわかってますから」 「原因がわかっとる? わかっとるなら、どうして防ぐことをせんか!」 「こちらがいくら防いでも、本社のほうで何もやってくれません」 「ふざけるな、やり直しだ!」 ぼくはこの言葉にカチンときた。 店長就任以来、ぼくはとうとう口を開いた。 「何が『ふざけるな』ですか!」 ぼくは店長の目を睨みつけ、一歩前に出た。 店長は後ずさりした。 「何が『やり直し』ですか!」 「・・・」 「何度も何度も、こちらはその件で本社に掛け合ってるんです。それなのに何もしてないようなことを言われたら、誰でも頭にくるでしょうが」 「・・・」 「そっちこそふざけんで下さい!」 「・・・」 「何がやり直しですか!みんな夜遅いから疲れているんです。あんたはそんなこともわからんとですか!」 「・・・」 「後日、その旨の報告書を作って提出しますから、やり直しは辞めて下さい!」 「・・・」 気がつくと、ぼくは店長を壁際まで追い詰めていた。 ぼくがしゃべっている間、店長は一言も口を挟めなかった。 攻撃型の人間は、守勢に回ると脆いものである。 「もう、いい」 そう言って店長は、逃げるようにして戻っていった。
ぼくは報告書作りのために、資料の置いてある事務所に行った。 そこに店長がいた。 ぼくは無視していた。 すると店長はぼくのそばに来て、小声で「しんた君」と言った。 いつもの威勢のいい『おい、しんたぁ!』ではなかった。 先ほどの件がだいぶ堪えたのだろう。 何を言い出すかと思えば、「頼むから、もう一度棚卸をやってくれ」だった。 「何度も言うようですが、無駄なことはやめましょうよ」 「いや、そうしないと、示しがつかんし・・・」 「やるなら勝手にやって下さい。でも、解決にはなりませんからね」 「わかった」 そこには本来の強気なしんたがいた。 おそらく店長は、本来のぼくを見るのは初めてだっただろう。
しかし、ぼくが店長に本来の顔を見せたのは、これが最初で最後だった。 いや、もう一回あった。 「有給休暇の消化をさせてくれ」と言いに行った時だ。 店長は「勝手に会社を辞める奴に、どうして休みをやらんといけんのか!」と言った。 またもやぼくはカチンときた。 「前に辞めた奴が出来たのに、どうして自分だけだめなんですか!?」 店長は「またか」というような顔をした。 そして、急にアホなことを言い出した。 「お前は今、権利を主張したな。じゃあ、義務を果たせ」 「権利?何が権利ですか。いつ権利を主張しましたか?有休消化は就業規則でしょうが」 店長はまたもや話を変えた。 「お前、前に棚卸の資料を提出すると言ったろうが。おれはまだもらってないぞ」 「そんなことが義務ですか?わかりました。それでは義務を果たしましょう。でも、有休はしっかりもらいますから。いいですね」 「・・おう」 店長は憮然とした顔をしていた。
その後、朝礼や会議の場で、店長は相変わらずぼくを罵倒したが、ぼくは『馬鹿が何か言いよるわい』と気にしなかった。 衆目の前で強がる。 これぞ弱い男の典型である。
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