会社に、みんなから「バカチョー」とあだ名されている課長がいた。 やたら部下を怒鳴り散らしている人間だった。 彼は店長の腰ぎんちゃくだった。 自分の考えは何一つ持たず、すべて店長の言うがままだった。 そういう男だから、当然ぼくに対しても風当たりが強かった。
翌9月28日、いつもと同じように、ぼくは開店前の掃除をしていた。 すると、「おーい、しんたぁ」という大きな声がした。 バカチョーである。 「こら、お前、何で商品をこんなに乱雑に置いとるんか!」 隣の売場である。 いちおうぼくが管轄していたのだが、その売場の責任者は他にいるのだ。 「そっちはいいから、こっちをやれ!」と、バカチョーはえらそうに言った。 普段、こういう時は「また始まった」と知らん顔をしているのだが、その時ばかりは対応を変えた。 「ああ、わかりましたっ!」と、バカチョーに負けないくらいの大声で返した。 そして、「そんなに頭ごなしに怒鳴らんで下さい」と言った。 バカチョーはムッとした顔をして、「何をー」と言った。 「それよりも、早くおれの後継者を決めたほうがいいんじゃないですか」 「えっ?」 「おれ辞めますから」 「は?」 「辞めると言ってるんです」 「おれに言うな。おれは知らんぞ。そんなことは店長に言え」 「『おれは知らん』じゃないでしょう。課長が直接の上司なんですから、ちゃんと店長に伝えて下さい」 「知らん」 そう言って、バカチョーはその場から逃げて行った。
その日一日、バカチョーはぼくを避けていた。 翌日、ぼくはバカチョーを捕まえて、「昨日の件、店長に言うてくれたでしょうね?」と聞いてみた。 「いや、まだ言ってない」 「ちゃんと言うて下さい!」 バカチョーは怯えているようだった。 「部下に辞められるということは、管理能力が欠けている証拠だ」と店長に受け止められる、とでも思っていたのだろう。 しかし、ぼくは妥協しない。 バカチョーと顔を合わすたびに、「言ってくれましたか?」と聞いた。 バカチョーもついに観念して、「棚卸が終わってから、言うとくわい」と言った。
翌30日は棚卸だった。 棚卸は、いつも営業時間が終わってからやっていた。 ぼくの部門はCDなど細かい商品を扱っていたため、けっこう時間がかかった。 その日棚卸が終わったのは、午前0時を過ぎていた。 帰る時、ぼくはバカチョーに声をかけた。 「課長、言ってくれたでしょうね」 「今日は遅いけ、明日言う」 「じゃあ、明日必ずお願いしますよ」 そう言って、ぼくは帰った。
翌日、ぼくは店長に呼ばれた。 バカチョーもいっしょだった。 「課長から聞いたんやけど、お前辞めると言ったらしいなあ」 「はい、言いました」 「いつまで、ここにくるつもりか?」 「今月いっぱいです」 「・・・」 「辞表はあとで提出しますから」 「・・・」 店長はそのあと、一言も口を利かなかった。 その後、会議の席上などでは相変わらずぼくを罵倒していたが、マンツーマンでは話を一切しなかった。 このまま辞めるまで、店長と話さないでくれたら楽なのにと、ぼく思っていた。
ところが、思わぬところから、店長とマンツーマンで話さざるをえない状況がやってきた。 棚卸の結果が出て、ぼくの部門が多額の商品ロスを出してしまったのだ。 その部門はオープン当初から、いつも多額の棚卸ロスを出していた。 CDという商品の性格上、盗難にあうんだろう、と誰もが思っていた。 しかし、ぼくが調べた結果、原因は盗難にあるのではないことがわかった。 その原因とは、本社の仕入れ管理のずさんさだった。 実際の仕入額と、電算上の仕入額がいつも違っていたのだ。 その差額は、毎月何十万円にもなった。 棚卸は半年に一度だから、いつも多額のロスが出てしまう。 本社に何度か「おかしいから調べてくれ」と掛け合ったのだが、「電算が正しい」というようなことを言われ、全然相手にしてくれなかった。 今回の棚卸ロスにも、そういう背景があったのだ。
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