6,7年前、昼食は、会社を抜け出し、車に乗って繁華街まで食べに行っていた。 そこには安くて、ボリュームがあって、味もそこそこの店があった。 だいたいその店では日替り定食を注文していたのだが、たまに他の物を注文することがあった。 チャンポンもその一つだ。 その食堂には友人と行っていたのだが、その日たまたま二人ともチャンポンが食べたかったのだ。 「すいません、チャンポン二つくださーい」 「はーい、チャンポン2丁」 しばらくしてチャンポンが二つ運ばれてきた。 その店はチャンポンもおいしかった。 しかも、当時まだ大食だったぼくたちには充分の量があった。
チャンポンが残り3分の1ほどになった時、突然友人が「あっ!」と言った。 どうしたのかと見てみると、どんぶりの中に5センチほどのこげ茶の物体が浮かんでいる。 よく見ると、その物体には足があった。 ゴキブリである。 友人は「どうしようか?」とぼくに言った。 「店の人呼び」とぼくは言った。 「すいませーん」 「はーい、何か?」 「あのう、ゴキブリが入ってるんですけど」と小声で言った。 「えっ!?」 「ほら」 そう言って友人は、どんぶりの中を見せた。 「あらー、ほんと。ごめんなさいね。すぐに作り変えますから」 店のおばちゃんは、素早くそのどんぶりを下げた。 それからしばらくして、新しいチャンポンが運ばれてきた。 お詫びにというので、スイカまでついていた。 「そちらの方もどうぞ」 そう言っておばちゃんは、ぼくの前にもスイカを置いた。 友人は「もう入らんわい」と言いながらも、新たなチャンポンとスイカを全部平らげた。
その時ぼくは、あることを考えていた。 それは、「この事件の一番の被害者は誰だ?」ということだった。 チャンポン二つ同時に頼んだわけだから、当然同じ鍋でチャンポンを作ったことになる。 たまたまゴキブリ本体は友人のどんぶりに入ったのだが、ゴキブリの浸かったスープ、つまりゴキブリのエキスは、当然ぼくのチャンポンにも入っていたということだ。 それなのにおばちゃんは、友人ばかりに謝り、スイカもぼくのほうが小さかった。 この差は何だ! ぼくは友人がゴキブリを発見したあと、チャンポンには一切箸をつけなかった。 友人より小さなスイカを食べたっきりだった。 店を出てからも友人は「腹いっぱいで苦しい」と言っていたが、逆にぼくは腹が減ってたまらなかった。 店に戻り、結局パンを買って食べた。
さて、この場合、被害者は誰なんだろう? ゴキブリ入りのチャンポンを食べた友人か? 同じゴキブリ入りスープのチャンポンを食べ、不当に扱われたぼくか? ゴキブリのためにチャンポンを一杯損した店の人か? それとも、ゆでられたゴキブリか? 秋の夜長に、ぼくはそんなことを考えている。
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