一昨日、以前から書きたかった「万引き」の話を書き終え、一安心していたのだが、今日また「万引き」について書かなければならなくなった。
ここ最近、一人のじいさんが頻繁に現れるようになった。 そのじいさんは、かつて店に来てはカラオケテープや工具、はては老眼鏡まで万引きしていたじいさんである。
何年か前に、一度このじいさんを捕まえたことがある。 ぼくがいるのに気づかず、じいさんはカラオケテープを2本、ズボンのうしろポケットに入れた。 そして、そのままて外に出たのだ。 ぼくは、追いかけて行って「ちょっとすいません」と言った。 じいさんは「はっ!」と驚いたようだった。 「そのまま動かんで下さい」と言い、じいさんのうしろポケットから、カラオケテープを取り出した。 「これ、まだ会計がすんでないですよね」と言うと、じいさんはうつろな目をして、ぼそぼそとわけのわからないことを言い出した。 「こちらに来て下さい」と、ぼくはじいさんを事務所まで連れて行った。
事務所でもじいさんは、相変わらずわけのわからないことを言っている。 しかたがないので、店長は警察を呼んだ。 警察が来ると、じいさんは急にぼけたふりをしだした。 警察が「おじいさん、名前は」などといろいろ聞き出していくうちに、このじいさんが何度も警察に連行されていることが判明した。 万引きどころか、神社のお賽銭まで拝借していたという。
あれからしばらくじいさんの顔を見なかったのだが、1ヶ月ほど前から、また現れるようになったわけである。 従業員はもちろんじいさんの顔を知っているので、じいさんがやってくると従業員同士連絡を取り合い、非常線を張った。 じいさんは、ぼくらが見張っているのに気づくと、すぐに外に出た。 そしてしばらくすると、また店に入ってくる。 何度かこちらの隙を狙っているが、だめだと悟ると、その日はすごすごと帰って行く。 何度かそういうことがあった。
そして今日、ぼくたちの隙を突いて、ついにやったのだ。 しかし、悪いことは出来ないものである。 うちの女子従業員が、しっかりその現場を見ていた。 ぼくが事務所から帰ってくる途中に、「しんたさーん」と呼ぶ声がする。 声のするほうを見てみると、その子が万引きのサインを出した。 「誰?」 「じいちゃんです」 ぼくは追いかけて行った。 店の外に出ると、じいさんはベンチに腰掛けていた。 何気なくじいさんの横に行ってみると、じいさんのポケットからカラオケテープが見えていた。 ぼくは「すいません」と言って、じいさんのポケットからテープを取り出し、「これは何ですか」と聞いた。 じいさんは「ああ、これを買おうかどうしようか迷っとった」などと、またしてもわけのわからないことを言った。 「お客さんは、買おうかどうしようかと迷ったら、店の外に商品を持って出るんですか」 「ははは、そりゃおかしいなあ」 「とにかく、こちらに来て下さい」と、事務所に引っ張っていた。
事務所には店長代理がいたのだが、じいさんの顔を見るなり、「また、あんたね」と呆れ顔で言った。 代理がいろいろとじいさんに聞きただしている間に、ぼくは警察に連絡した。 「はい、警察です」 「○○店ですが、万引きなんですけど」 「お待ち下さい」 担当の署員が出た。 「あ、○○店です。また万引きなんですが、常習者なのでお願いします」 「常習者? Hさんですか?」 ぼくは噴出しそうになった。 Hさんとは、この日記に何度も登場している、酔っ払いのおいちゃんのことである。 警察も、酔っ払いおいちゃんにはいろいろ迷惑しているので、相手にしたくなかったのだろう。 「いえ、Hさんじゃありません。お年寄りですけど」 「70歳くらいの人ですか」 「はい」 「ああ、そうですか」 心当たりがあるようだった。
しばらくして、警察官がやってきた。 「名前は?」 「○○です」 「生年月日は?」 「大正○年・・・です」 「住所は?」 「ああ、わかりません」 「わかりません? あんた、自分の住所がわからんとね」 「引っ越したもんですから」 「じゃあ、電話番号は?」 「わかりません」 あとは何を聞いても「わかりません」である。 警察官はムッとした顔をして、「じゃあ、わかるまで警察におってもらおう」と言って、じいさんを連れて行った。 警察官が帰った後、代理がぼくのところに来て、「あのじいさんは出入り禁止にするけ、見つけたら追い出して」と言った。 しかし、追い出してもまたくるもんなあ。
ところで、その後、じいさんはどうしたんだろう。 あいかわらず、「わかりません」で粘っているのだろうか。 とすれば、警察からは出られてないことになる。 普段は酔っ払いの親父に迷惑し、今日はボケもどきのじいさんに困惑している。 警察もいろいろと大変である。
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