ぼくはレジの隅にいた。 いつものように、夫は酔っ払っていた。 ぼくがいたのに気づかなかったのか、「お、誰もおらん」と言った。 そして、夫はCDの前にかがみこむと、おもむろにCDをわしづかみにし、それを懐の中に入れた。 もう一度同じ動作を繰り返した後、立ち上がり、「は、は、は、・・・」と大声で笑いながら店を出て行った。 刑事はその後を追いかけて行った。
数分後、中年の刑事がぼくのところにやってきた。 「無事逮捕しました」と刑事は言った。 「ありがとうございました」 「ところで、事情聴取をしたいので、今からいっしょに来てくれませんか」 「パトカーに乗ってですか?」 「そういうことになりますなあ」 「今、人がいないので、後からではいけませんか」 「今のほうが都合がいいんだけど。・・じゃあ、1時間以内に来て下さい」 ということで、30分後、ぼくは本署に行った。
本署に着くと、ぼくは防犯課に案内された。 課内にはたくさんの刑事がいた。 「○○さん、防弾チョッキ余ってなかったですか」などと言い合っている。 テレビでしか見たことのない光景がここにあった。 ぼくがイスに座って待っていると、ぼくの前を例の万引き夫婦の夫のほうが連れられて行った。 取調室から声が聞こえてくる。 「Nよ、今度は逃れられんぞ。2,3年は臭い飯を食ってもらわんとのう」 「・・・」 「今日の朝からの行動を言うてみい」 「・・・」 夫の声は小さく、よく聞き取れない。 「『行くぞ』と言うて、家を出たんか」 「・・・」 「それが『万引きしに行く』の合言葉か」 「・・・」 ぼくは笑いそうになった。 いくらなんでも、『行くぞ』が『万引きしに行く』の合言葉だとは思えない。 「これはただ単に『行くぞ』だったに違いない」と思っているところに、「しんたさん」の呼び出しがあった。
しかし、いつ来ても、警察の事情聴取というのは面倒臭い。 結局、夫はCDを14枚盗っていたのだが、そのアルバムのタイトルとアーティストを全部言わなければならない。 そして、自分の立っていた位置や、相手が盗った時の状況を説明しなければならない。 1時間近くかかって出来上がった調書は、充分に笑えるものだった。 ところどころに「刑事さん」という言葉が出てくる。 結局出来上がったものは、 「スーパー○○、××店の電気売場は、再三彼らに被害にあっていた。 そこの担当であるところの、私しろげしんたは『刑事さん』に相談した。 その翌日、開店と同時に彼らが来たので、さっそく『刑事さん』に連絡した。 『刑事さん』はすぐにやってきてくれた。 ・・・ 再び犯人たちがやってきた。 私しろげしんたは、レジの隅にいたが、犯人たちは私のことに気づかなかったようだ。 私の後ろには『刑事さん』が3人いて、犯人を見張っていてくれた。、 犯人たちは、コンパクトディスクを懐に入れ逃げて行った。 『刑事さん』は、すぐさま犯人たちを追いかけて行った。 そして3分後、刑事さんは、犯人たちを逮捕してくれた。
被害にあったのはコンパクトディスクで、内訳は・・・(14枚のアルバムタイトルとアーティスト名)である。 ・・・・・ 右、相違ありません。 しろげしんた 押印」 おおむねこんなところだった。 こちらが刑事の質問に対して答えていき、文章を書くのはその『刑事さん』だった。 できばえは、小学生の作文並みである。 それにしても、この『刑事さん』たちは大活躍である。 ぼくの扱いは、あくまでも一市民にすぎない。 これがドラマなら、ぼくは「その他の出演者」のところに名を連ねるだろう。
万引きを捕まえるのはいいけど、その後の事情聴取が疲れるんですよ。 商品がわかりやすいものならいいけど、その商品の周辺機器ともなると大変である。 まず、この商品がどんなもので、どういう時に使うのかを詳しく説明しなくてはならない。 楽器を売っていた頃、シンセサイザーの周辺機器シーケンサーを盗られたことがあるのだが、説明に小一時間を要したことがある。 結局いくら説明してもわからなかったようだった。 調書には「幅30センチ、縦25センチの楽器の録音機」と書いてあった。
とにかく、「たかが万引き」のために、店の人間はこれだけ苦労するのだ。 物を取られるのも、人を捕まえるのも、あまり気分のいいものではない。 そのために一生を台無しにする人だっているのだ。 万引きなんかやめてほしいものである。
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