小売店や百貨店には、切っても切れない縁の人たちがいる。 それは万引きである。 ぼくも販売員を20年以上やっているので、少なからず彼らと接してきた。 そういうそぶりを一切見せず、こちらがまったく気づかないまま盗っていく名人もいれば、いかにも「やるぞ」といった雰囲気の人間もいる。 前者は、こちらが気づかないうちに、さっと来て、さっと帰る。 こちらが神経を使う暇がない。 気がつけば商品がなくなっている。 「あれ、売れたかな」と思い、売上げデータを調べてみる。 が、売れた形跡はない。 おかしいなあと思い、店内を探し回る。 が、見つからない。 そこまできてやっと盗られたことを悟る。 いつやられたのか、誰にやられたのか、まったくわからない。 後で、見えない犯人の顔を思い浮かべては、悔しい思いをしているわけである。
後者の場合は、その多くが集団でやってくる。 そのため、こちらは始終彼らに張り付いてなくてはならないので、神経が磨り減るし、他の仕事が出来ない。 中には威嚇してくる奴らもいる。 こういう場合、決して慌てたり、うろたえたりしてはならない。 威嚇行為をやる奴らはおとりである。 実際攻撃をしてくるわけではない。 こちらの目を威嚇行為に向けさせておいて、その間に他の奴らが盗るのである。
前の会社にいた時には、しょっちゅうこの手の万引き集団が来ていた。 目つきの悪い兄ちゃんが商品を狙っていたので、ぼくが見張っていると、別のデブの兄ちゃんがぼくの所にやって来た。 「こら、お前何見よるんか!」 ぼくは無視して、目つきの悪い兄ちゃんのほうを見ていた。 「こら、聞こえんとか!」 それでも無視である。 「殺すぞ!」 何を言われても無視していたので、デブの兄ちゃんは帰って行った。 デブの兄ちゃんが帰るのを見て、目つきの悪い兄ちゃんも盗るのを諦めて帰って行った。
その数日後、目つきの悪い兄ちゃんが他の仲間とやってきた。 またぼくは見張っていたのだが、電話がかかったので、女子社員に「見張っとけ」と言ってその場を離れた。 相手は女子社員と思ってなめたのだろう。 さっと商品を袋に入れて、走って行った。 その女子社員は、ぼくに「しんちゃん、盗られた」と言って追いかけていった。 ぼくもすぐさま電話を切り、その後を追いかけていった。 店の外に出てみると、その女子社員が兄ちゃんの持っていた袋をつかんでいた。 「あんた盗ったやろ」 「盗ってない」 「ちゃんと見よったんやけね」 兄ちゃんは「うるせえ、くそばばあ」と言って、女子社員に蹴りを入れた。 そこをぼくが捕まえた。 「離せ、おれ盗ってない」 「でも、蹴ったやろうが」 「・・・、ああ」
騒ぎを聞きつけて、他の従業員がやってきた。 兄ちゃんも観念したようだ。 その後、警備室まで引っ張って行った。 その途中に何度か逃げるそぶりを見せたので、ぼくはベルトの後ろをしっかりと掴んでいた。 「離せ」 「だめ、お前逃げるけ」 「逃げんけ、離して」 「いや」 すると兄ちゃんは、威勢よく「○○署の人に、Hというたら知らん人はおらんけ」などとわけのわからないことを言い出した。 警察に名前を知られていたら、カッコイイとでも思っているのだろう。 そこでぼくが「お前、そんなことが自慢なんか」と言うと、兄ちゃんは急にトークダウンして「・・いや、そうじゃないけど」と言った。
警備室に連れて行くと、また兄ちゃんの態度は一変した。 兄ちゃんは以前からその警備員を知っていて、なめていたのである。 兄ちゃんは急に偉そうになった。 警備の人の質問にも、適当に答えているのがわかった。 そこでぼくが、「お前、仲間がおったやろうが」と聞くと、「おらん」と言う。 「この間のデブは仲間やろうが。何なら捕まえてきちゃろうか」とぼくが凄んで言うと、兄ちゃんはまたシュンとなり、「いや、あの人はたまたま店であっただけ」と言った。 「うそつけ!」 「・・うそやない」
その後のことは警備員に任せ、ぼくは売場に戻った。 兄ちゃんは警察に連れて行かれたらしい。 その後兄ちゃんがどうなったのかは知らないが、二度と店に現れることはなかった。
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