今日、家に帰ってから、テレビをつけてボーっとしていた時の話である。 午後9時頃だったか、突然「ヴィレッジシンガーズ、亜麻色の髪の乙女」と言うのが聞こえた。 懐かしいサウンドが始まった。 何が起こったんだろうと、テレビを見てみると、そこには現在のヴィレッジシンガーズがいた。 懐かしい顔ぶれがそこにあった。 多少人生に疲れたような顔をしていたが、歌っていたのは紛れもない本物の清水道夫であった。
あの事件から約1週間経つが、大きな花束をもらい、調子に乗って「亜麻色の〜」と歌っていた犯人の顔が、いまだに脳裏に焼きついている。 清水さんは少し関根勤に似た顔をしている。 それなのに、どうして主催者や町の人は、銀蠅顔の男に騙されたのだろうか。 これは主催者や町の人が、清水道夫を知らなかったと言うしかない。 もし、今日の放送が1週間早くあったら、あの事件はなかったに違いない。 それ以前に、「亜麻色の髪の乙女」がリバイバルしなかったら、今回の事件も起きなかったかもしれない。
この事件を知った時、ぼくは、タイトルは忘れたが、かつて渥美清が主演していた、あるテレビドラマを思い出した。 有名な作詞家と偽って、郡上八幡に住み着いた男(渥美)の物語だった。 素性を偽りながらも、その男はいろいろな事件を解決したり、郡上八幡音頭を作詞したりと、けっこう活躍していた。 最後はとんずらして終わったのだが、何かほのぼのするドラマだったのを覚えている。 もしかしたら、犯人はこのドラマを知っていて、それをヒントにしたのかもしれない。
あの町の人は、人を疑うことを知らない善良な人たちが多いのだろう。 仮にぼくが、「昔オックスにいた、赤松愛です」と言っても信じるかもしれない。 「オックスの赤松愛? ああ、いたなあ。あの失神の人でしょ」 「途中で脱退したみたいだけど、あれから苦労しなさったんだねえ。そんなに頭が真っ白になってるなんて、思ってもみなかった」 ぼくが調子に乗って『スワンの涙』や『ダンシング・セブンティーン』を歌っても、「愛さんは脱退してからいろいろあったんだねえ。昔はあんなに声は太くなかったのに」と言われ、疑う人はいないのかもしれない。
高校の頃の話。 修学旅行から帰ってきて最初の音楽の授業の時だった。 友人のオナカ君が授業をサボり、代わりにCという男がオナカ君になりすまして授業を受けていた。 授業の前にはいつも点呼があった。 「オナカ」 「はい」 すると先生が、「お前はオナカか?」と聞いた。 Cは「はい、そうです」と言った。 先生は、無表情に「オナカは顔が変わったねえ。修学旅行行って顔が変わったねえ」と言った。 教室内は爆笑の渦になった。 しかし先生は、相変わらず無表情だった。 そして「そうか、まあいい」と言って授業を始めた。 こういうふうに最初にチクリとやられ、後は知らん顔されるのは辛いものがある。 これに懲りたのか、Cはその後二度とオナカ君の代わりにはならなかった。
話は元に戻るが、今日の清水さんは笑顔がなく、何か憮然としていたように見えた。 その番組は生放送と言っていたので、当然あの事件の後である。 案外、「おれが本物の清水道夫だ。よく覚えとけ!」と思っていたのかもしれない。
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