よく狸や狐に化かされた話を聞く。 以前ここでも、そういう話を書いたことがある。 ある女性が山に行った時に女の子と出会い、その女の子と2時間ほど遊んでから山を降りてみると、大騒ぎになっていた。 その女性は2時間と思っていたが、実際は2日ほど経っていたのだ。 そのため、地域の人が大捜索を繰り広げていたらしい。 当の本人は藪などで引っかいた傷はあったものの、いたって元気だったということだ。
いつもと同じ道を歩いているのに、全然知らない場所に出た、とか、いくら歩いても、同じ場所に出る、とかいう話はよく聞く話である。 ちびまる子にもそういう話が載っていた。
こういう話は、田舎での話だと思われるだろうが、そうではない。 実際、繁華街でも起きているのだ。 かく言うぼくが、その体験をした。
何度もここで書いているので、ご存知の方も多いと思うが、ぼくの住んでいる地域の中心は黒崎というところである。 JR黒崎駅の乗降客は、博多、小倉に次いで多い。 JR福北ゆたか線の一方の基点で、私鉄や路線バスの基点でもある。 そごうや長崎屋の倒産などがあって、昔ほどの活気はないが、今でも多くの人が集まる場所に変わりはない。 そういう場所で起こった話。
ぼくの家は、その黒崎からバスで10分もかからない場所にある。 帰りは「小島方面」と書かれたバスに乗るのだが、黒崎からは同じ「小」のつく「小嶺」行きというバスがある。 「小島」は黒崎を挟んで北側、「小嶺」は南側に位置している。 高校の頃だったが、一度この「小島」と「小嶺」を間違えたことがある。 これは単なるぼくの勘違いだった。 それからは、バスに関してはわりと用心深くなり、ちゃんと路線番号と行き先を確認して乗るようになった。
その後、20歳の頃のことである。 いつものように、路線番号と行き先を確認してからバスに乗りこんだ。 しかし、なんとなくおかしい。 普段は3号線に出てから右車線を走るはずなのに、そのバスは左車線を走っている。 「右に入りそこなったんだろう」と軽い気持ちで考えていると、筒井という交差点で左に曲がってしまった。 ぼくの家に帰るには、その交差点から右に入らなければならないのだ。 「乗り違えたかのう」と思いながらも、すぐに降りるのは恥ずかしいから、2つ先のバス停で降りた。
さて、その数日後のことである。 友人と黒崎で会った帰りの話。 その友人もバスに乗って帰るのだが、ぼくの乗るバス停のある車線と逆の車線にバス停があった。 ぼくは時間を待たなければならなかったので、しばらく友人に付き合うことにした。 しかし、友人の待っているバスはいつまで経っても来ない。 ぼくの乗るバスのほうが先に来てしまった。 バスには、はっきり「小島方面」と書いてある。 それを確認して、ぼくは走ってバス停に向かった。 寸前のところで間に合った。 ところが、そのバスも数日前と同じようなルートを通っている。 「あちゃー」と思って、行き先をよく見ると、「小嶺」と書いている。 その日も恥ずかしいので、2つ先のバス停で降りた。 そのバス停から黒崎まで歩いて戻っていると、一台のバスがぼくの横を通り過ぎて行った。 そのバスには友人が乗っていた。 彼はこちらを見ていた。 家に帰ってから彼に電話すると、彼は「どうして小嶺行きに乗ったんね」と言った。 「おかしいっちゃねぇ。ちゃんと小島行きと書いとったのに」 「いや、小嶺行きやったよ。どうしてしんたが走ってバスに向かったのか、不思議に思ったんやけど」 だいたいつい数日前に同じ間違いを犯したのだから、こちらもかなり注意深くなっている。 慌てたとはいえ、ちゃんとぼくは「小島方面」と書いているのを確認したのだ。 普通ぼくは、この手の話は笑い話にするのだが、この話だけはミステリーにしてしまう。 なぜなら、ぼくは自分の目を信じているからだ。
そういえば、その日は満月だった。 いやに月が明るかったのを覚えている。
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