風呂から上がった後、食事をした。 大広間という名の、10畳ほどの部屋に通された。 汚いテ-ブルの上に、刺身を中心とした料理が用意されていた。 しかし照明の加減か、色が今ひとつさえず、新鮮味に欠けた。 中でもメインのかつおのたたきは、実際の色も悪く最低だった。
ところで、この部屋には大きな蚊がいて、色の悪い照明器具に集まっていた。 通常の倍の大きさがある。 ぼくが、ちょうどかつおを食べようとした時だった。 蚊取り線香をつけているものだから、その蚊がかつおの上に落ちてきたのだ。 運転で疲れ、風呂に騙され、古びた刺身を食べさせられ、挙句の果てに蚊による被害である。 いよいよぼくも切れそうになった。
その後部屋に戻り、友人と「この旅館、最悪やのう」などとこぼしていると、水の流れるような音が、廊下のほうから聞こえてきた。 「何だろう」と思い調べてみると、トイレから聞こえてくるのがわかった。 この旅館は2階建てで、ぼくたちは2階部屋に泊まっていた。 その2階の廊下の角にトイレがあった。 昔ながらのポットントイレで、タンクは1階にある。 そのため便をすると、便は一階まで落ちていく。 お尻を離れてからタンクに到達するまでに、ちょっとした時間差があった。 それはそれで面白かったのだが、こういうトイレは臭いが外に漏れるので困る。 廊下に出ただけでもその臭いがしていた。
さて、その音だが、結局トイレから発しているのはわかったのだが、原因はわからなかった。 トイレを覗いても、水が出ている様子でもない。 もしぼくに疲れと怒りがなかったら、これを怪奇現象として捉えていただろうが、その時は「ホント、つまらん旅館やのう」で終わらせた。
翌朝早々、ぼくたちはこの旅館を出た。 前日来た道を戻って行った。 昼ごろ宮崎市内に出たのだが、どうも心残りがある。 それは、ろくな風呂に入れなかったということだ。 そこにいたメンバーもみな同じ気持ちだった。 「それでは」ということで、帰りは高速を通らず、10号線を北上し、延岡から高千穂を通って、熊本の黒川温泉に行くことにした。 もちろん家に帰り着いたのは、夜中だった。
今その旅行の写真を見ながら書いている。 その中に一枚だけ、実に味わいのある写真がある。 それはS旅館に着く直前に偶然撮ったものだ。 都井岬は、野生の馬がいることで有名である。 そこの道路は車よりも馬が優先で、ぼくたちも何度か足止めを食らった。 停車している時のこと。 そこから100メートルほど離れた位置に、馬の群れがいた。 その時ぼくに、ある種の勘が働いた。 カメラを持っている人に、「あの辺を撮ってみて」と言った。 そして何枚かその人が撮っていると、ぼくの期待した場面が訪れた。 ある牡馬が雌馬にちょっかいをかけだした。 その度に後ろ足で蹴上げられた。 しかし、牡馬は諦めなかった。 何度か試みた後で、ようやくその「画」を作り上げた。 「撮れ!」 一瞬だった。 実に野性的である。
|