小さい頃から、ぼくはキリンビールを飲みつけている。 1歳の時から飲んでいるから、もう43年の付き合いになる。 その頃のビールといえば、キリン、サッポロ、アサヒぐらいしかなかった。 もちろん国内で買える外国のビールも多数あっただろうし、沖縄に行けばオリオンビールもあっただろう。 しかし、子供であったぼくたちが、親のお使いで行く近所の酒屋には、この3大メーカーのものしか置いてなかった。 サントリー純生が出たのは、小学校の時だったろうか。 とにかく、その頃はキリン以外、口が受け付けなかったので、純生を最初に飲んだ時は、「はい、わかりました。こういう味なのですね」で、その後は一切口にしなかった。 中学・高校と、ぼくのそばにはいつもキリンビールがあった。
他のブランドのビールを飲むようになったのは、初めて焼き鳥屋に行った時だった。 どのメーカーのものかは忘れたが、キリンでないのは確かだ。 とにかく、その店にはそのビールしか置いてないのだから、そのビールを飲まざるを得ない。 ちょっと違和感を覚えながらも、そのビールを飲んだものだった。
その後、飲み歩くようになってからは、どんなビールでも口にした。 しかし、家で飲むビールはいつもキリンだった。 別にキリンにこだわっていたわけではない。 ただ、うちに出入りしている酒屋が、いつもキリンビールを置いていくのだ。 そうなると、自然にキリンを飲んでしまうことになる。 それがおいしいかどうかはもわからない。 小さい頃から飲みつけているから、「ビールはこの味」と勝手に思い込んでいるだけのことだ。
それから数年後、ぼくは初めて「おいしい!」と思えるビールに出会った。 キリンの“一番搾り”である。 まあ、何というか、懐かしい味がしたわけですな。 それから数年、ぼくはこの“一番搾り”のとりこになった。 飲み屋に行っても、「ビールは何にしましょうか?」と聞かれた時には、「あるなら“一番搾り”」と注文をつけるようになった。
しかし、それも短い期間だった。 ひょんなことから飲んだビールをえらく気に入ってしまった。 それが“アサヒスーパードライ”である。 実にあっさりしていた。 のどが渇いた時には、このビールが一番いい。 そう思ったぼくは、以来このビールを愛飲することになる。 もちろん今も、焼酎を飲まない時は、このビールを飲んでいる。
何年か前に、親戚筋の法事があったのだが、その後の宴会中にこのビールの銘柄でもめたことがある。 宴会は料亭でやったのだが、その料亭の扱っているビールは、“キリンラガー”と“一番搾り”と“スーパードライ”の三種類だった。 店の人が「ビールは何にいたしましょうか」と聞いてきた。 こういう時は、それぞれ好きなビールを言えばいいのだ。 ところが、この宴会の中にイニシアチブを取りたがる男がいた。 その男は、急に声を張り上げ「昔からビールはキリンに決まっとる!」と言って、周囲を睨んだ。 店の人は、その男を幹事と思ったのか、「はい、わかりました。じゃあ、キリンをお持ちします」と言って、ラガーばかり持ってきた。 ビールが来てから、さらに調子に乗ったこの男は、「男はキリン飲まなのう。スーパードライなんか、ビールを知らん奴が飲むんたい!」などと言って悦に入っている。 「男はキリン」などと誰が決めたんだろうか。 ちょっとカチンときたぼくは、大声で「すいません。こっちにドライを持ってきて下さい」と言った。 すると、他の人も堰を切ったように、「こちらにもドライを持ってきて」と言い出した。 結局、ほとんどがドライで、キリンラガーを飲んでいるのは、その男の周りの2,3人だけだった。 「キリンもいいけど、やっぱりドライやね」の声が飛び交う。 その男は、最後まで機嫌の悪そうな顔をしていた。 実に男らしくない奴だった。
さて、いよいよビールのおいしい季節になったが、やはりビールはのどを思いっきり渇かせて飲むのが一番おいしい。 しかし、ぼくは今、一番おいしくない飲み方をしている。 ビールを飲む前にアイスクリームを食べているのだ。 早くこの習慣をやめなければならない。
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