今日は棚卸だった。 年に2度行われるのだが、その時期になるといつも苦痛を感じる。 販売業界に入って20年以上経つが、棚卸という作業はいまだに慣れない、嫌なものである。 「こんな嫌な棚卸なんかなくなればいいのに」と、いつも思うのだが、そうもいかない。 そこで「せめて、嫌な棚卸の中にも楽しみを見つけよう」と、いつも思うことにしている。
棚卸で真っ先に思い出すのは、長崎屋にいた時のことである。 その日は店を閉じての棚卸であった。 前日、ぼくたちはいつものように飲みに行っていた。 3軒ほどハシゴして、気がついたらもう午前5時を過ぎていた。 その時のメンバーの一人に、例の「海綿体パパ」=Kさんがいた。 ぼくが時計を見て気がつき、「あ、Kさんもう5時過ぎですよ。9時半からやけど大丈夫ですか?」と言うと、Kさんは例のごとく泥酔していて、「あ、しんちゃん、ぼくはねえ、フニャフニャフニャ・・・」とわけのわからんことを言っていた。 とにかく帰って寝ようということになり、そこでお開きになった。 タクシーで家に戻り、3時間ほど寝てから会社に出かけた。
朝礼が始まったが、まだKさんは来てない。 フロアー長が「Kさんどうしたの?」と聞いたので、ぼくは「昨日飲みに行ったんですけど、もしかしたら寝坊してるのかもしれません」と言った。 みんなはクスクスと笑った。 すると、突然フロアー長が「こんな大事な日に、飲みに行ったなどと言うな!不謹慎な」と怒り出した。 その怒りの最中にKさんはやって来た。 まだ眠っている。 フラフラしながら朝礼の列に加わり、ぼくの横に立った。 ぼくが小声で「Kさん大丈夫ですか」と聞くと、Kさんは口元だけに笑みを浮かべ、「お、しんちゃん。大丈夫、大丈夫」と言った。 しかし、大丈夫じゃない。 目を閉じている。 そして体が揺れている。 フロアー長は、苦虫を噛みつぶしたような顔でこちらを見ている。
フロアー長が棚卸の説明を始めた。 相変わらずKさんは目を閉じたままである。 時折倒れそうになる。 それを見てフロアー長が、「Kさん、起きてますか?」と言った。 Kさんが目を閉じたまま何も言わないので、ぼくがひじでつつくとKさんは目を開けた。 そして周りを見回し、「ん?・・・ああ、大丈夫です」と答えた。 それから、また目を閉じる。 フロアー長が「今までの説明、わかりましたか?」と訊くと、また目を開け「ん?・・・ああ、大丈夫です」と言う。 他の人はこのやり取りを見て笑っていたが、ぼくは笑おうに笑えなかった。
その後、棚卸が始まった。 Kさんは、まだフラフラしていた。 Kさんのパートナーは、「Kさん、ぼく一人でやりますから、寝とって下さい」と言っていた。 Kさんは例の調子で、また「ん?・・・。ああ、大丈夫」とやっている。 結局、そのままKさんは棚卸を続けた。
その期の棚卸は、かなりの違算を出してしまった。 結局、後日再棚卸ということになった。 しかしそれは他に原因があったからで、決してKさんのせいではなかった。
さて、今日のことである。 ぼくはいつものように、棚卸の中に楽しみを探していた。 売場をチェックしていると、ふと体重計を見つけた。 「そういえば、ここのところ体重を量ってなかったな」と思い、ちょっとこれに乗ってみることにした。 「何か日記のネタになるんじゃないか?」と期待して目盛りを見ると、たしかに日記ネタにできることになっていた。 昨年74キロだった体重が80キロを超えていた。 服を着ていたとはいえ、80キロを超えるのは生まれて初めてのことである。 「やったー、これはネタになる!」と思った。 が、喜ぶことではない。 元の体重に戻すには、大変な努力が必要である。 今日ぼくは、棚卸の中にひとつの苦しみを見つけた。
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