頑張る40代!plus

2002年03月24日(日) 冠二郎おばちゃん

店に来るお客さんにもいろいろな人がいる。
変に理屈っぽい人。
きつい香水をつけてくる人。
酔っ払って他のお客さんに迷惑をかける人。
わざわざおならをしていく人。
道の達人。
・・・などなど、あげるときりがない。

ぼくの売場の人間が『冠二郎おばちゃん』と呼んでいる人がいる。
以前は、店に来ると必ずカラオケテープのコーナーを覗き、ぼくたちを捕まえては「冠二郎の新曲は出てないね?」と訊いていた。
出ていた時は、「そうね!出たね!」と目を輝かせ、うれしそうな顔をして買っていく。
しかし、それから1週間もせずにやってきて、また「冠二郎の新曲は出てないね?」と同じことを訊く。
いくら冠二郎がプロの歌手とはいえ、毎週新曲が出るはずがない。
そのことをいつも『冠二郎おばちゃん』に説明するのだが、次に来た時にはやはり同じように「冠二郎の新曲は出てないね?」と訊いてくる。
「おばちゃん、この間新曲出したばかりやないね。冠二郎も忙しいんやけ、そうそう新曲は出せんのよ」
おばちゃんは、「そうよねえ」と言って帰っていく。
しかし、またやってきては同じことを訊いてくる。
ぼくたちはその熱心さに敬意を表して、そのおばちゃんを『冠二郎おばちゃん』と呼ぶことにした。

『冠二郎おばちゃん』、おばちゃんとは言うものの、もう70歳を早く過ぎたおばあちゃんである。
いつもカートを歩行器代わりにしてやってくる。
「わたしはねえ、遠くから歩いて来よるんよ」、といつも言っている。
「おばちゃん元気いいね。どこに住んどうと?」
しかし、その問には答えてくれない。
とにかく、『遠くから』と『歩いて』というのがキーワードのようだ。
それがこのおばちゃんの元気の源なのであろう。

一時期、このおばちゃんが顔を見せなくなったことがある。
昨年秋から今年の初めにかけてである。
カラオケテープの整理をするたびに、うちの女の子は「最近『冠二郎おばちゃん』来んねえ」と言っていた。
「おそらく死んだんよ」とぼくが言うと、「そんなこと言ったら、かわいそうじゃないですか」とその女の子は言った。
「でも、けっこう歳やったし、死んでもおかしくないよ」
「それもそうですね」
ぼくの働いている店のある地区はお年寄りが多いため、以前よく来ていた人が長い間来ないというのは、だいたい入院しているか死んでいるかのどちらかを意味している。

ところがどっこい、『冠二郎おばちゃん』は健在であった。
2月のある日、ひょっこり顔を見せた。
おばちゃんはカラオケテープの前に立っていた。
「やばい」と思い、ぼくたちは隠れた。
捕まると大変なのである。
「冠二郎の新曲は出てないね?」だけならまだいい。
そのあと、冠二郎がいかに素晴らしいかを、とくとくと言って聞かせてくれる。
人のいいぼくたちは、無視することもできずに、話を聞いてやることになる。
捕まったが最後、短くて10分、長い時は30分は他の事ができない。
「うん、うん」とうなずくだけでも、かなりの労力を要する。

ある日売場に立っていると、『冠二郎おばちゃん』がぼくの横を素通りした。
何度かぼくの横を素通りした後で、「ここの人はおらんのかねえ」と言った。
「おばちゃん、ここにおるやん」と言うと、「ああ、気がつかんかった」とおっしゃる。
「何でしょう?」と訊くと、「ちょっと来て」と言う。
ぼくをよその売場に連れて行って、「これが欲しいんやけど」と言った。
そこに係がいたにもかかわらず、わざわざぼくを呼びに来たわけである。
その商品は収納ケースであった。
そして、「わたしは遠くから歩いてきた・・・」が始まった。
「あんたは知らんかもしれんけど、わたしはねえ、いつもここを利用しよるんよ。この間もクリーナー買ったし」
まるでぼくと初めて話すような言い方をする。
この間クリーナーを売ったのはぼくである。
「はい、いつもありがとうございます。冠二郎も買ってもらってますし」
とぼくが言うと、
「そうよ。冠二郎はねえ・・・」
いらんことを言ってしまった。
また延々と冠二郎話が始まった。
約10分、冠二郎は終わった。
レジに収納ケースを持って行くと、おばちゃんは「このケースを、カートに結び付けてくれ」と言う。
そしてまた、「わたしはねえ、遠くから歩いてきた」と言い出した。
ぼくはそれをさえぎるように、「はい、わかりました」と言い、ケースをカートに結び付けた。

それから『冠二郎おばちゃん』は、店に来るたびにぼくを探すようになった。
収納ケースを買うためである。
二つばかり買っては、「カートに結び付けてくれ」と言う。
ぼくはそのつどケースを結び付けてあげた。

今日の話である。
また『冠二郎おばちゃん』がやってきた。
いつものように収納ケースを買うためである。
ぼくを見つけると、「ああ、あんた探しよったんよ」と言う。
そこでぼくは「お待ちしてました」と言った。
「今日もねえ、ケースが欲しいんやけど」
「今日はいくつですか?」
「二つちょうだい」
ぼくはいつものようにケースをレジに持って行き、カートに結び付けた。
『冠二郎おばちゃん』は「いつも悪いねえ。うちの者が『家に車があるんやけ、それで運んだらいいやないか』と言うてくれるんやけど、いつも『あの店に行ったら、ケースをカートに結び付けてくれる人がいてねえ』と言って断るんよ」とのたまう。
『冠二郎おばちゃん』はどうやらぼくのことを、『ケースをカートに結び付けてくれる係の人』と思っているようである。


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