最初は「またこの手の事件か」と思っていた。 しかし日を追っていくうちに、実に興味深い展開になってきている。 小倉で起きた「少女監禁事件」である。 この事件の舞台になったマンションは前に勤めていた会社の近くにあり、男児4人が見つかったマンションは今勤めている店の近くにある。 もしかしたら、犯人とされている男女二人は、うちの店に生活用品を買いに来ているかもしれない。 もしそうであれば、クレジットで買って欲しかった。 名前などはどうでもいいのだが、職業欄に何と書くか見たかったからである。 いくら彼らがそうだったとしても、まさか「夜逃げ屋(自営)」とは書かないだろう。
ところで彼らは、仕事に行った時、映画のように「お待たせしました。夜逃げ屋本舗です」などと言って登場するのだろうか? あの逮捕時の映像から察するに、無表情に現れ、無表情に去っていくタイプだと思う。 冗談にもそういうことは言わないだろう。 ああいう組織は、そういう軽口を叩くことをタブーにしているはずである。 軽口ばかり叩く人間が夜逃げ屋であったら、大変なことになる。 「こんばんは。夜逃げ屋で〜す。今日は頑張って、よう逃げや! なーんちゃって」 これでは夜逃げするほうは安心できないだろう。
そういえば彼らが捕まった時、近所の人は、彼らは「普通の人」に見えたといっていた。 何を基準にした普通の人かは知らないが、こういう稼業は一見して普通じゃない人には勤まらないだろう。 スキンヘッドで眉毛がない人に、夜逃げという重大事を任せようとは決して思わないはずである。 そういう目立つ人が夜逃げ屋なら、取り立て屋も安心だ。 「スキンヘッドが行くところ夜逃げあり」で、スキンヘッド氏をマークしていれば大丈夫だからである。 車幅の広い外車に乗っているから、居場所もすぐにわかる。 しかも、声が大きく口調も荒く興奮しやすいので、夜逃げもうまくいかない。
さて、今回の事件は別として、ぼくは「夜逃げ屋」なるものに大変興味を持っている。 野暮ったいネーミングの中に、「裏街道まっしぐら」的な響きがある。 これが実にいい。 また名前を変え、住所を転々とし、自分を隠すことに全力を挙げて生きていく姿に、なぜか憧れを覚える。 こういう人が近くに住んでいたと思うと、何かワクワクしてくる。 夜逃げ屋の業務広告には、「離別代行」「生まれ変わり工作」などといった言葉が並んでいるということである。 普通の感覚なら、こういう野暮ったい言葉には見向きもしないはずである。 しかし、人間追い詰められると、こういう言葉が美しく思えるのだろう。 「『離別代行』、なんとすばらしい言葉なんだ」 「『生まれ変わり工作』か、しみるねえ」 ・・・悲しい性である。 考えてみると、夜逃げ屋というのは、映画で見たようなかっこいいものではなくて、野暮ったさで成り立っているようにも思えてくる。 この野暮ったさにぼくは惹かれるのである。 「闇稼業」「仕置き屋」「仕事人」「よろず請負人」という野暮ったい名の稼業にも、そういった響きがある。
そろそろぼくも、今までとは違った稼業で生きてみようかなと思っている。 いつリストラされるかもわからないし、もしかしたら会社が倒産しないとも限らない。 そのためには下準備をしておかなくては。 クレジットの職業欄に堂々と野暮ったい稼業名が書けるようにしておこう。 しかし、ぼくは上に書いたような、命を張った稼業をやる性根は持ち合わせてはいない。 そういう理由から、「よろず日記屋」「闇詩人」「歌のおじさん」といった安易な稼業を目指している。
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