行人徒然

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修二
2000年12月20日(水)

 修二が死にました。
修二というのは、家で14年くらい飼っていた雌猫の名前です。
朝、妹に起こされて起きると、修二はもう冷たくなっていました。
 夕べ、26時半頃母親をトイレに起こし、それから修二は寝たそうです。
肝臓だったか腎臓だったかを患っていて、夕方に病院に連れて行ったときは、元気よく医者の注射にはむかったそうで、その後通常より多い食事すすんで摂ったと、上の妹は言っていました。
 しかし、いつもなら早朝5時半頃に母をトイレに起こすのに、今朝は起こさなかったそうです。上の妹が6時ごろに起きても修二は食事を催促しないので、妹は不思議に思いながら勤めに出ました。その30分ほど後、下の妹が起き、修二を触ったら息がなかったそうです。その時はまだ暖かかったと言っていました。
 私が彼女に起こされたのは45分ごろ。火のついたストーブの前で、修二は冷たくなっていました。
 たった2時間半の間に死んだなんて、嘘のような話だな。そうつぶやいたとたんに、泣けてしまって、抱き上げたら鼻先で「クゥ」と泣いたような気がして、胸に耳を当てたら、ゴトンゴトン音がしました。ベットにおいてもう一度耳を当ててみたけど、もう何も音はしませんでした。修二が死んで、身体の細胞が壊れる音がしたんだ。そう思ったけど、抱き上げるたびに修二は「クゥ」と、肺に残る空気を寝言のようにはき続けました。
 フリーターではなく、派遣ながらも社会に勤め始めた以上、仕事を休むわけにも行かず、家を出なければいけない。これが肉親だったら会社など休めるのに、肉親同様であったにもかかわらず、修二の死に仕事を休む事は出来ない。人が14歳といったら、中2に等しい。そんな大きな子供をなくせば、きっと誰もが同情するし、仕事を休むようすすめるだろうが、修二の場合は同情をされても仕事を休めない。不思議なジレンマを感じた。
 家に帰ってくると、修二の身体は死後硬直で堅くなっていた。足を曲げてやろうにも曲がらず、触った毛は剥製のようにうそ臭い。救いは顔つきが穏やかになっていることだけだった。
 枕もとには、冬なのに真っ白な花の鉢植えが置いてあった。母が車で、昼間、修二のために買いに行ったそうだ。葉っぱが一枚だけ、茶色く変色していて、小さな白い花はしおれているように見えた。修二は眠っているようで、触っていたせいで暖かくなった小さな頭に触れつづけていたら、タオルの下の腹が今にも動きそうで、急いで友達に電話して長話をして、涙をごまかした。
 人の歳にして、87歳くらいだそうです。身体を壊した上に風邪をひいていました。仮に健康だったとしても、天寿を全うしたといわれそうな歳です。
 あの仔が体調を崩した時にそろえた介護用の品は、全てゴミになるのでしょう。ずっと前から使っていた食器も、誰も食べないペットフードも、結果的に2週間と身体を横たえなかったベットも、全てきっとゴミになるのでしょう。
 この市では、愛玩動物を庭に埋める事を条例で禁じています。衛生のためですが、実は知っている人はあまりいません。死んだペットは、生ゴミとして燃えるゴミの日に出す事になります。生肉なので、生ゴミ。
 母は、隣の市にある共同火葬場の横にあるペット用の火葬場に修二を連れて行くといいました。骨もそこの共同墓地に埋めるといっています。個人的には、庭に埋めたい。14年のうち、10年以上の毎日を一緒に寝てすごした自分の意見は、今回聞き入れてもらえないようです。部屋にある修二のベットは、この前買ったものではなく、私がダンボールにクッションをのせて作ったお手製。夏まで毎日修二はそこにいたのに・・・あれを、このあとどうすればいいのだろう。
 よく考えれば、けしていい飼い主ではなかったと思う。だが、それを伝える事も出来ず、聞くことももはやかなわず、修二はもう何も言わない。
 自分の事を猫と思っていなかったらしい修二は、死ぬ前に挨拶もせずに逝ってしまった。死ぬ前に何か変わった行動をとるというが、何も変わらなかった。
 所詮、そんなものなのだろうか。
 昨日取り付いていた鬱は、今日は割と収まっている。もしかすると、これが俗に言う虫の知らせだったのかもしれない。もしも修二が元気だったら、夕べはきっと一緒に寝ただろうから。そうしたい気分だったけど、修二の病気が悪化しないように、ベットに寝かせていたのだから。
 耳を当てると、水の音が聞こえるような気がする。きっと、身体の中の消化酵素が、ゆっくりと内蔵を溶かして水にしている音なんだろう。放って置けば、古いレバーのようにくさい水になってしまうのだ。そうやって身体は地に染み込み、われらを支えるこの星そのものになる。

 まだ、一緒にいてくれてありがとうと、修二に言う事が出来ない。
 心が痛みに磨耗するまで、きっといえない。



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