ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7295,閑話小題 〜ある学生寮の人間模様 〜2
    * 人生は悲喜こもごも
 シェアハウス的生活は滅多に経験できないと思いきや、その後も、三年近くも
味わうことになる。これだけは、青年期しか経験できないこと。 …それぞれが
個々の問題を抱ているが、それぞれの悲喜こもごもが、合せ鏡のように直接的に、
間接的に見えてくる。その幅をつけるのが経験になる。兎に角、金の無いのが、
人間性を狂わせる。なら使わない手があるが、それでも遊びたいのが若さ。
ピンハネ詐欺で留置所住まいを数ヵ月したのも、隣室に居た。ウィーンに留学
していった人が二人もいた。「打つ、買う、飲む」が遊びだが、当時、学生運動
が華やかなりし頃、何故か、寮内には一人も、存在してなかった。寮内は仲間内
の飲み会が隔週ごとにあり、それは面白くて楽しくて、青春を謳歌していた。
人生のピーク時は、この時節だったことは間違いない。一度、両親の影響下から
抜出して、真っ新な自分と向き合う必要性は人生に有って然るべきである。
その分が、人生にプラス材料として残っている。逆に、様々な問題を抱え込み、
悶々とした日々でもあった。要するに過剰な知識と、目の前の断層が迫っていた
ことによる。 右上がり角度が鋭い時節というか… 淀みからの脱却というか…
一番、恵まれている時は、そのこと自体が気づかないもの! 
 逆に言えば、胡散臭い嫌な時節でもある。
 
・・・・・・
6908,閑話小題 〜野村元監督が逝去
2020年02月12日(水)
   * 克也と沙知代
   〜まずは、ネットニュースより〜
 野村監督が亡くなった。夫人が亡くなられて、急に老け込んだ姿をTV画面で
見ることが多くなった。
【 南海、ヤクルト、阪神、楽天で監督を務めたが、11日午前3時30分に
 死去した。84歳だった。家政婦が浴槽の中でぐったりしている野村さんを
見つけ、病院に搬送され、その後、死亡が確認されたという。
1954年にテスト生として南海に入団し、3年目からレギュラーに定着すると、
現役27年間にわたって球界を代表する捕手として活躍しました。歴代2位の通算
657本塁打、戦後初の三冠王などの強打で数々の記録を打ち立て、不動の正捕手
として南海の黄金時代を支えました。平成2年にヤクルトの監督に就任し、
「ID野球」などデータを駆使した戦術を用いてチームを3回の日本一に導くなど
手腕を発揮しました。】

 ―
 野村克也といえば、猛妻の野村沙知絵女子。その彼女とわたりあった女剣劇の
浅香光代。消えかけていた浅香のパフォーマンスの面もあったが、面白かった。
【 © 週刊女性PRIME:  当時の騒動を振返る浅香光代。91歳になる現在も役者・
 指導者として活動する70歳近い熟女同士が憎まれ口を叩き、舌戦を繰り広げる─。
ワイドショーにとって、こんなに“おいしいネタ”はなかった。
「浅香光代さんは女剣劇のスターで、歯に衣着せぬ物言いで昔から有名人。
一方の野村沙知代さんも野球界の大物・野村克也さんの奥さんで、不遜な態度が
ウケて当時はメディアに引っ張りだこ。そんな個性の強い2人が言いたい放題の
口ゲンカをするんですから、面白くないわけがない」(ワイドショー関係者)
 長きにわたった“ミッチー・サッチー騒動”だが、20年近くがたった今、
当事者はどう思うのか。浅香本人にあの騒動を振り返ってもらった。
「あたし、元気でしょ! 声も大きいから、声を落としてって言われちゃうの」
91歳を迎える今もハキハキとした口調は健在! そんな彼女がサッチーと出会った
のは’97年。とあるパーティーだったそうだ。
「もともと、あたしと事実婚状態にある世志凡太さんと野村克也さんは若いころ
からの友人でね。その2人から“仲よくしてほしい”って紹介されたのがきっかけ
だったの」… 「あたしはお客様はおもてなしするのが当然だと思ってるの。
でもサッチーは毎日のようにウチに来て、寿司とか高いのをお願いするのよ(笑)」
 サッチーはおねだり上手なだけでなく、想像を超えた“厚かましさ”も持ち
合わせていた。…  …世間をにぎわせた熟女バトルは’01年12月にサッチーが

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02月12日(金)
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