ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6329,閑話小題 〜何でまた、17年もかけて…
  * ネット社会は、小さな物語の公開から

『複数の小さな物語の作成と読返しで、内省する日々ですか…』とブツブツ、
ここで呟く日々。 毎日、TV、タブレット、パソコンなどのデジタル世界と、
現実世界?では、スポーツジムと、早朝一時間のチャリ遊覧の日々。
その合間にベッドか、居間で横たわる。『17年、ほぼ休むことなく、6300テーマ
を書き続けるのは何で?』と、書いている私自身でも度々、疑問に思うこと。
このバカバカしさが面白いから、ただ、それだけのこと。
 日々キャッチした情報をブログに記録し、クラウドしてしまえば、何時でも、
何れの場所でも、そこにアクセスできる上に、他者に公開することで、その利益
を共有することが可能になる。 そこは「サテライト・オフィス」そのものにも。
とすると、スマ―フォンと、ブログの普及は大きな物語の終焉を意味する。
ブログは、個々の複数の小さな物語の創作と公開そのもので、それがネット上で
地球上に公開される。このことを、リオタールは、著書『ポスト・モダンの条件』
(1979年)で、かってのマルクス主義のような近代を特徴づける大きな物語の
終焉を説き、複数の小さな物語の時代としてのポスト・モダンの到来を予告した。 

《 近代すなわちモダンの時期における思想文化は、進歩や革命、あるいは
 人間主体の解放といった「大きな物語」で自分を正当化できると思っていた。
しかし、そうしたイデオロギーは、歴史的にみて、ソ連の崩壊で終焉し、複数
の小さな物語が主流を占めるとし、ポストモダンの到来を予告した。
 哲学や科学が目指してきたもの=自己実現、人間の解放、人類の進歩など
人間や社会を根本から変えるような「大きな物語」の終焉をむかえた。
20世紀前半の第一次、第二次世界大戦と、後半のソ連の勃興と崩壊とともに、
決定的に大きな物語そのものは凋落してしまった。現代とは、互いにバラバラで
異質のままのローカル言語ゲーム同士が、整然たる秩序に組込まれることなく、
混在しあう時代。これらの小さな物語を調停する新しい価値基準はもはやない。
むしろ必要なのは、安易に既成の価値観によりかからない、様々な異質のもの
同士のせめぎあいに堪えられる強さを持つこと。》(『世界の哲学・思想』より)

▼ それぞれがスマートフォンを持ち歩き、写真や、ビデオを撮影し、互いに
 遣り取り出来る時代には、大きな物語より、身の回りの小さな面白い写真や、
映像に対し、人々は反応する。何事も一万時間の集中した時間の投入がベースと
いうが、私は、その二倍近いエネルギーを投入してきた。で、日々の経験を
そのまま飽きもせずに… 成るほど、これが私のベースであり、限界でもある。
ー―――

2018/05/04
閑話小題 〜17年書き続けると
   * 5月4日は、このブログ開始記念日
 このブログは、私の人生を根底から変えてくれた。
まる17年間、6260回も続けてきた。学生時代に、基礎教養不足に気づき、
読書習慣と本屋通いを習慣に取入れた。その割に、読みっぱなしのためか、
読んだ割に知識が身に付いてなかったことに焦りがあった。55歳時に、
何とかパソコンを我が生活の中心に取り入れたいと近所に出来たての
PC教室の通うことにした。当時は、ブログは出始めた頃。
「個人HPの作成の過程でネット社会に近づくこと」を目的にした。
以来、現在に至っているが、2007年12月から、「はてな」のブログを
始めて10年あまり、今では、来訪者は、ほぼ「はてな」に移動した。
 しかし個人HPの「内部検索」が、私にとって非常に効果的になっている。
以下にコピーした過去のテーマは、これによる。例えば、「イスラエル」と
検索すると、数秒もしない内に、時系列で現れ出てくる。脳のクラウド化の
感覚が何とも奇妙。写真も、然り。 下記の中に書いてあるように、学生時代
のカード日記作成の下地」がある。下記も「カード日記」で検索したもの。
 ある意味、潜在意識化された記憶をキーワードで引張り上げが可能に…。
ささやかだが、私には、非常に効果的システムである。TVで「タンザニア」

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07月12日(木)
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