ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4863,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー31
* 都銀支店長の全面協力が、出発第一歩! 〜後半編へ
時は、1980年3月1日。都銀・営業のTさん(兄と私の嫁を世話をした恩人)の上司である支店長が、
私に面会したいという連絡が入っていた。当日、本店の朝礼で辞任挨拶をした足で銀行に行った
応接室で、辞めるについての経過と、今後の事業計画を述べたが、それを黙って聞いていた支店長が
おもむろに、『現状のままでのホテル計画なら賛成できないが、貴方が会社を辞め、以前に手がけた
千葉のビルを売却して始めるのは筋が通っている。 当行とし今後の資金計画の全てを面倒を
みます! まず千葉の貸ビル売却からですね!』と。
金融の知識や、長期資金調達方法が皆無の私にとって、渡りに舟の信じられない言葉!
小説のような話である。何ごとも、実績? 直前に辞任の挨拶をしてきた帰りに、次の事業計画の
最大の理解者を得て、最大課題の解決の糸口を得たとになる。 その間、僅か一時間。幸先良い
出発になった。地銀の役員クラスでは、無理! 今の私が都銀の支店長なら全面協力をするが・・
地方豪族化した彼らでは? それもあり、今回の私の結末は、地方豪族システムの価値観で
染まった地元権力の残存者には最高の物語?
あと一つ、現在も酒友だが、当時の相互銀行の計算センターの部長が、そこの契約コンサルタントの
W先生が、私の事業計画を聞きたいという。そこで、ありのままを話すと「この事業計画は間違いない
でしょう!」の、お墨付き。私にすれば15年間の捨身の計画だが、誰も、それを知らない。
もし都銀の支店長の全面協力が無かったら、その経営コンサルタントと契約することになった?
その後、姉夫婦の倒産の後始末と、義父の会社の不動産トラブル解決をして貰うことになったが・・
既に20数年前に亡くなった。
・その前の節目は、産地の大手問屋の全面協力と、暖冬で暴落した冬物で大当て、波に乗せた。
・千城台ビルの二店舗は、商社のS氏が面倒を見てくれた。
・その前のジャスコ辞任後の産能大時代では、千葉の新興住宅地の中央四つ角商業地の
売出し記事をみて応募、抽選で当選、次へのステップになっていた。
・今回は、都銀支店長が全面協力の約束。
節目節目で、何もかもがプラスに働いたのも、右上りの時代に捨身で挑んだため。
どれも紙一重で、思わぬ因縁がプラスに導いた。捨身で、全力で節目に挑めばこそである。
・・・・・
4496,怒らないって本当は恐い! ー11
2013年07月08日(月)
* 怒りへの反発を覚悟し、耐えて生きる 『怒りの作法』小川仁志著
怒りっぽい私は、常に反発されてきたが、それぞれの問題の中心点を凝視、考えることで何とか
乗り越えてきた。考え続けると、いつの間にか、その答えが導き出されてくる。だから、この「怒りの
精神論」が身にしみる。
ーその辺りからー
≪ まずは怒りの精神論。 怒りは強いメッセージを発する。当然、それに対する共感と反発が
出てくる。そのメッセージが強いほど異論が噴出するのは必至。それを予め承知した上で怒る
必要がある。その覚悟がないと、大きは精神的打撃を受けたり、怒りに臆病になってしまう。
だから怒りには覚悟と準備が必要になる。覚悟とは予め事の困難さを了解し、受け止める心構え。
それはある種の決断といってよい。決断なしに闇雲に怒ると、後で後悔することになる。
怒るべき時に、決断して怒らないとチャンスを逸してしまう。怒りは一日24時間の中の例外事項で、
怒るべき時に怒る一瞬の決断が必要ということ。 ひとたび怒ると決断するには、どんな反発が
来るか、どう対処すべきかを想定しておかなければならない。
反発には、積極的に否定してくるのと、消極的に無視してくるのがある。
特に積極的に否定してくるのは厄介である。そこで重要なことは、反発を予め予測して、
その際の自分の出方を決めておくこと。それさえしておけば、対処が数分の一で済ますことができる。
そのためには経験の積み重ねが必要だが。 心の準備が出来ていたとしてもへこむのが人情。
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07月08日(火)
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