ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4831,「事業人生を決心して45年」の語り直しー9
   * ドン底の気分の最中、父親が末期癌に! 
 金沢の「いとはん」に1年3ヶ月ほど経ったある日、実家の一番上の姉から電話が入った。
「父が検査で悪性の胃ガンが発見され、緊急手術のため東京女子医大に入院することになった。
手術は、ガンの権威の、中山医師が執刀するが、かなり厳しい事態」という。その瞬間、頭は真っ白。
父あればこその自分。20歳辺りから、ほぼ私の希望を聞き入れ賛同をしてくれて、当時も、自らの
育成プログラムの一貫として金沢で学んでいた。その父が、もしものことがあれば、現在の実家の
事業の力関係は根本から崩れる。 父親も、万一のことを考えて、実兄と私のために、主だった
財産の生前贈与をしてあるが、当時の自分は、経験不足。
父が亡くなれば、根本的に地盤が大きく傾いてしまう。ただ、手術が成功することを祈るしかなかった。
そして、手術の一週間後、東京女子医大に休暇をとって見舞いに行くと、母は洗濯物を干すと言って
私を屋上に連れ出すが、躊躇をして何も言わない。その雰囲気からみて、長くはない事を悟る。
後で知ったが、多くの臓器を取り除いたが余命一年。 そして、一月もしないうち、父親が退院、
私も、父の指示で、実家に戻ることになる。
 色いろあったが、金沢は、あまり良い思い出はないが、それでも、綱渡りの日々の中、
面白い日々が続いていた。 何処の世界にいっても、独り、美味い居酒屋と面白いスナックを
見つけ出し遊ぶ術は学生時代から身につけていた。 これで大いに助かったが・・ 
何故か女性に関しては、縛られることが大嫌いで、適当に漂っているのが好き。
 幼児の頃から実家の女子社員とか、姉たちの盛りを過ぎた変容を多く見ているため、
今は綺麗だが、その後の・・ それなら、浅く広く、ふわふわと、適当に、を保っていた方が面白い。
しかし金沢も、あの辺りが限界。  彼氏持ちの同僚が、急に誘ってくる?と、その2ヶ月後、結婚で
辞めていった。最近になって、それがマリンブルーのなせる業というのが解ったが、当時は、女は
恐ろしい!と、思っていた。 女の職場では、同僚と浮いた話は絶対タブーのため、フワフワする
しかなかった。 一人、2〜3回のお茶とか居酒屋が、少し危険だが、適当な距離があればこそ、
良かったことになる。その辺りは、誰も熟知している? 長岡藩と加賀藩とは、歴史の深さが全く違う!
それが、そのまま女性の魅力に、そのまま出ている。派手だが、堅実で、保守的で、他所ものには
親切だが、地元には、その承認を得ると徹底的にいたわるが、細かいタブーで縛られている点は、
似ているが、より厳しい。
 そして、急遽実家に! 父親の余命一年の事態と、私のUターンで、静かな小さな池が大きく
揺れることになる。 どこにもある御家騒動の始まり。争いの種は、それぞれの立場にとっての
理不尽が、怒りと争いの発端になる。
ーこれも偶然だが9年前の同月同日に、金沢のことを書いていた。ー
  やはり、何かがあるのだろうか? 偶然とは面白いもの。 
  その前年も、同じ偶然があった。
・・・・・・
2005年06月06日(月)
1525, わたしの酒中日記−4
金沢編−2
1972年2月某日

武蔵が辻の職場からバスで、20分位のところに寮がある。
その中間点にある繁華街の香林坊で降りて、老舗風の飲み屋を探す。
今夜は片町の大和百貨店の裏にある飲食店のおでん屋に飛込みで入る。
人品の良い美人の母娘がいた。聞いたら、三代も続いている店だという。
隣の客が話しかけてくる。「言葉が違うようだが、観光客か?」
「いや、勤めの関係で、一年います」地元の人からすると微妙な立場のようだ。
とにかく金沢の人は人なつこいのが特徴だ。それと金沢べんの言葉が心を優しくする。
言葉の最後に(〜じ)をつける。「〜だよね~」という意味である。
それと「〜しまっし」という言葉もよい。「~しなさい」という意味である。
そのアクセントが何ともよいのだ。特に女性がいうと「あ~金沢」になる。
それとおいしい店が多い。ここの土手焼きが美味い。

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06月06日(金)
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